学芸の小部屋

2024年3月号
「第12回:伊万里焼にみる中国画題」

 庭の梅の花も咲き、寒さのなかにも春の兆しを感じられるようになりました。 戸栗美術館では2024年3月21日まで『花鳥風月―古伊万里の文様―』を開催しております。四季折々の花鳥文、風情溢れる山水文の古伊万里に注目した展覧会です。
出展の「染付 楼閣山水文 皿」は、様々な風景を描いた深さのある大皿。それぞれの場面は連続性に乏しく、独立したモチーフを見込に詰め込んでいるような印象ですが、月や雁、雨の景や市井の賑わいなどから「瀟湘(しょうしょう)八景図」の要素を見出すことができます。しかし、描かれている風景は区分けが困難かつ8図にとどまらず、これと断定するのは避けていました。今月の学芸の小部屋では、より詳細に絵解きを試みます。



 瀟湘八景図とは、中国・湖南省の景勝地として名高い洞庭湖(どうていこ)の8通りの景観を絵画化したものを言います。この八景は北宋時代(960~1127)の文人画家である宋迪(そうてき/生卒年不詳)が創始したとされ、画のみならず詩題としても親しまれました。
  瀟湘八景は中国から日本へ伝わり、絵画や文芸のなかであらわされ続けます。さらに、日本の景勝地を瀟湘八景に見立てた近江八景や金沢八景といった名所画題への展開もみられ、江戸時代末期には浮世絵にもあらわされました。
その景題は、平沙落雁、遠浦帰帆、山市晴嵐、江天暮雪、洞庭秋月、瀟湘夜雨、煙寺晩鐘、漁村夕照の八景。ぞれぞれの意味と、鍵となるモチーフは以下です。

平沙落雁……へいさらくがん/砂浜に雁が舞い降りるところ →飛んでいる雁
遠浦帰帆……えんぽきはん/遠くに帆船が行き交うさま →遠くの帆船
山市晴嵐……さんしせいらん/山間の市の賑わい →人の行き交うさま
江天暮雪……こうてんぼせつ/夕刻、山に雪が降り積もるさま →雪
洞庭秋月……どうていしゅうげつ/洞庭湖に浮かぶ秋の月 →月
瀟湘夜雨……しょうしょうやう/夜の瀟湘に雨が降るさま →雨
煙寺晩鐘……えんじばんしょう/山間の寺の鐘が響くさま →山中の寺
漁村夕照……りょそんゆうしょう/夕刻の漁村 →漁師

瀟湘や洞庭といった広い範囲の地名は見られますが、特定の景物に対する言及はなく、時間や季節、気象といった変動的な要素の多さが特徴です。つまり広大な瀟湘の自然景にはモチーフ以外の定型がほぼなく、表現は画家の感性にゆだねられているのです。

文様の検証を行うために、本稿では『風流唐くれない』(大森善清・画 1703年頃刊)、『画筌』(林守篤・著画 1721年刊)、『絵本通宝志』(橘守国・画 1730年刊)など本作の製作年代と比較的近い時期に刊行された絵本類の「瀟湘八景図」と比較をし、文様の区画分けと特定を試みました。







 以上のように、本作にあらわされた各風景は瀟湘八景の各景題に当てはめることができます。しかし、そのどこにも属さない釣り人の図も見られます。確かに瀟湘八景を題材とした絵画作品では、「漁村夕照」や「平沙落雁」の図の付近に釣り人を置くこともありますが、本作ではいずれの景題からも離れています。むしろこれは『和漢名画苑』(大岡春卜・画 1750年刊)に掲載の西湖十景の中の「花港観魚」との近似を見て取れます。さらに、瀟湘八景の景題では「洞庭秋月」とした図も、建物と人物の部分を切り取ると西湖十景の「南屏晩鐘」と近似します。



 中国・浙江省杭州市の景勝地である西湖を題材とした西湖十景は、西湖およびその周辺の景色と人工景物を10ケ所の景観拠点として成立しています。瀟湘八景は写意(画家の精神や対象の本質的な美しさを表現する)の景観ですが、西湖十景は実際の景勝を指定している点に特徴があります。
西湖は日本においても景勝地として認識され、その景観を捉えた西湖図も繰り返し描かれてきました。狩野派など江戸時代の画壇では、中国からもたらされた絵画や版画の情報を駆使して西湖図が描かれたことが、既に指摘されています。 さらに、本作が作られた江戸時代中期は池大雅(1723~76)など文人画家が大成した時代であり、彼らもまた当時足を運ぶことが叶わなかった中国の名勝地を版画や絵画を元に描きました。こうした時代背景のなかで、瀟湘八景と並ぶ景勝地である西湖十景をやきものの文様に忍ばせるのは、謎かけのような遊びの要素もあったのかもしれません。本作は類品が見当たらず、文様も様々な絵本類を参照している可能性があることから、特別な注文品であったと推察します。伝統のイメージをハイブリッドに表現した文様は、当世の需要に応えて目まぐるしく様式を変遷してきた伊万里焼の貪欲さを如実にあらわしているようにも思います。

余談ですが、江戸時代後期には外食文化の流行に伴い、料亭などで文人たちが卓上の大皿料理を囲む時代を迎えます。まさに本作は文人好みの文様をもつ大皿ですが、使用者はここに瀟湘の景色を見たのか、はたまた西湖の景勝に思いを馳せたのか、想像が膨らみます。
(小西)


【主な参考文献】
・京都国立博物館編『探幽縮図』上下 同朋舎1980~81
・宮崎法子『花鳥・山水画を読み解く―中国絵画の意味』角川書店2003
・太田昌子 編『絵本・絵手本シンポジウム報告書 江戸の出版文化から始まったイメージ革命』金沢芸術学研究会2007
・板倉聖哲監修 大倉集古館編『描かれた都市-開封・杭州・京都・江戸』東京大学出版会2013
・張小鋼『日本における中国画題の研究』勉誠出版2015
・神奈川県立金沢文庫『特別展 西湖憧憬―西湖梅をめぐる禅僧の交流と十五世紀の東国文化―』同2018
・小林宏光『近世画譜と中国絵画 十八世紀の日中美術交流発展史』上智大学出版2018
・出光美術館『名勝八景―憧れの山水―』同2019

【デジタル資料】
・大森善清 画『風流唐くれない』1703年頃刊 金沢美術工芸大学附属図書館 絵手本DBを参照
https://www.kanazawa-bidai.ac.jp/edehon-db/quick.cgi?mode=result&id=87
・林守篤 著画『画筌』1721年刊 早稲田大学図書館古典籍総合データベースを参照
早稲田大学図書館古典籍総合データベース内『画筌』第二巻
https://www.wul.waseda.ac.jp/kotenseki/html/bunko06/bunko06_01296/index.html
・橘守国 画『絵本通宝志』1730年刊 人文学オープンデータ共同利用センター(http://codh.rois.ac.jp/)提供 日本古典籍データセットを参照
http://codh.rois.ac.jp/pmjt/book/200023033/
・大岡春卜『和漢名画苑』巻4 1750年刊 国書データベースにて国文学研究資料館所蔵資料を参照
https://kokusho.nijl.ac.jp/biblio/200022930/1?ln=ja


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