学芸の小部屋

2018年5月号
「第2回:卓香炉」

(作品公開期間:2018年5月2日~5月31日)

 5月に入り、爽やかな風が心地よい季節となりました。皆様いかがお過ごしでしょうか。 さて、開催中の『金襴手―人々を虜にした伊万里焼―展』では華やかな古伊万里金襴手の数々を展観しておりますが、今月の学芸の小部屋では、落ち着いた趣の中にも遊び心の隠れた伊万里焼「青磁銹釉 家形香炉」をご紹介いたします。



 本作は通高14.8cm、幅19.0cmと、香炉としてはやや大振りの作例。全体を茅葺屋根の二階建て家屋にかたどり、青磁釉、銹釉、透明釉で彩りを加えています。屋根や柱など、淡い褐色に見える部分は釉薬の掛かっていない露胎の仕上げで、茅や木材の質感に近づけているのでしょう。屋根に這うように伸びる蔓草は、葉を艶やかな淡い青磁釉であらわし、初夏の瑞々しい様子を思わせます。そのような心地良い季節のもと、縁側や窓際で話し込んでいる様子の二組の人物の姿も。正面左の壁面には格子のはまった丸い窓、二階には四角と丸の二種の窓と、三角に破風(はふ)を開けるなど、凝った造形が特徴です。

 また、下段の屋根から上を取り外せるようになっており、一階部分で香をたくことができるつくり。実用と見た目の面白さを兼ね備えています。開けてみるとほのかに香りが漂い、実際に香炉として用いられたことが推測できます。



 本作のように大振りで、凝った造形の香炉は、卓香炉(しょくこうろ)に分類されます。卓香炉とは、床の間や書院の飾り棚に載せる香炉のこと。伊万里焼ばかりではなく、鍋島焼や備前焼、瀬戸焼、京焼といった国産陶磁器、中国陶磁器、そして金属製のものがありますが、江戸時代の人々は、このような卓香炉をどのような場面で用いていたのでしょうか。

 まずは、書院飾りの例が挙げられます。香炉を書院飾りとして用いることは、すでに室町時代に始まっていました。相阿弥・能阿弥が唐物鑑定と座敷飾りについて記した秘伝書『君台観左右帳記』(室町時代後期)には、座敷飾りや書院飾りとして香炉が据えられた様子がうかがえます(画像は江戸時代の写本/国立国会図書館デジタルコレクションより)。



 江戸時代の記録としては、五代将軍徳川綱吉に仕えた柳澤吉保の公用日記『楽只堂年録』中、綱吉の御成(おなり/将軍が家臣や大名の家を訪問する行事)の際に、御殿の飾りとして「青磁の獅子の大なる香炉を、蒔絵の大卓にのす」(元禄9/1696年9月18日)、「宝づくしの卓に彩焼の鴨の香炉を置く」(元禄14/1701年2月9日)、「いまり焼の獅子の香炉」(元禄15/1702年12月5日)、伊部焼の鳩の香炉(元禄16/1703年3月13日)などの記述が見られると言います。

 次に、茶道具としての使用が挙げられます。一般に、茶の湯における香炉は安土桃山時代の千利休の後は徐々に姿を隠し、香は直接炉にくべるようになると言われます。しかし、江戸時代前期に活躍した小堀遠州の茶会記には、「棚ノ上 金ノ獅子香炉」(寛永4/1627年11月27日)、「戸棚ノ上重ニ染付すかし大香炉」(寛永5/1628年9月8日)、「書院ニ瀬戸ししノ香炉」(同年9月17日朝)、「床ノ内 かけ物 梁楷 丸香台 香炉 青磁 獅子」(寛永21/1644年正月23日)といったように、金属製や瀬戸焼、何焼かまでは触れられていませんが染付や青磁など、様々な香炉を茶席に取り入れた様子がうかがえます。また、摂関や太政大臣を務めた近衛家熙の侍医・山科道安の記した『槐記』(1724~1735年)には、茶席において「勅方の焼物(たきもの/ここでは天皇が合わせて銘をつけた香の意)」は直接炉にくべずに、棚に香炉を置いてたくべきといった記述や、伽羅を香炉にたいている時は盆がなければ香炉は請わず(手に取って拝見させてもらわず)に、盆があれば請うなどの記述が見られ、茶の湯の席における香炉の使用の様子が細かく記載されています。つまり、回数の多少はあれ、江戸時代においても茶席で香炉が用いられていたことがわかります。

 さらに、先の『楽只堂日記』には、吉保から瑞春院(綱吉の側室)へ「焼物の文鎮三十、伊部焼の鶴の香炉一つ、金の香鋪二つ・・・」などが進上された記録があると言い、香炉は贈答品にもなったことがうかがえます。佐賀鍋島藩の支藩である鹿島藩の江戸留守居の公用日記『御在府日記』にも、「吉良上野介様より香炉御所望に付き、獅子香炉・町伯荒木酒一器副え、御手紙にて陸使にて遣わされ候、唐冠香炉御所望に候へども之無く、右の香炉有り合わせ候由にて遣わされ候」(元禄11/1698年9月2日)、「吉良上野介様卓香炉一つ、花色染付大花生一つ、袖香炉二つ、焼物恕付一つ、遣わされ候(後略)」(同11月15日)などと、吉良上野介のために鹿島藩が香炉を用立てた記録も見えます。

 以上のように、江戸時代における卓香炉は、書院飾りや茶道具、贈答品といったように様々な場面で用いられていた様子がうかがえます。伊万里焼では、香炉はその誕生期にあたる17世紀前期よりつくられはじめましたが、色や形が様々表現できるようになった17世紀中期以降、家形や山形、鳥形、獅子形など、江戸の人々の遊び心に適う工夫を凝らした作例が多く残ります。本作「青磁銹釉 家形香炉」も、時には香をたき、時にはそのこだわりの造形を活かした飾りとして、江戸時代の人々を楽しませたことでしょう。本作の展示は5月31日まででございます。どうぞお見逃しのないように、皆様のご来館を心よりお待ち申し上げております。

(黒沢)


【参考文献】
根津美術館『香炉』同 1972
三好不二雄『鹿島藩日記 第一巻』祐徳稲荷神社1978
小堀宗慶編『小堀遠州茶会記集成』主婦の友社 1996
矢部良明『すぐわかる茶の湯の美術』東京美術 2002
松田佳代「元禄期の文献にみる国産陶磁器の利用―『樂只堂年録』から―」『陶説』768~770日本陶磁協会 2017

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