学芸の小部屋

2018年7月号
「第4回:染付 梅樹唐草文 瓶」

(作品公開期間:2018年7月4日~7月31日)

 夏の到来もすぐそこまで迫ってきました。皆様いかがお過ごしでしょうか。 戸栗美術館では、7月4日(水)より『古伊万里植物図鑑展』(~9月22日)を開催いたします。植物をうつわの形や文様のモチーフとした伊万里焼に焦点を当てた展覧会です。伊万里焼では生産開始当初より植物をモチーフに用い、江戸時代を通して様々なうつわにあらわしましたが、例え同じ植物であっても時代によって特徴が見受けられます。今展では、約80点の出展作品にあらわされた植物を、江戸末期に刊行された『本草図譜』を参考に図鑑形式にてご紹介いたします。



 今回、学芸の小部屋で取り上げる「染付 梅樹唐草文 瓶」も、唐草と梅という植物文様で装飾された作品です。しなやかに弧を描く唐草の蔓は流動的で、梅は花を強調するかのように幹に対して大きく、17世紀前期らしい闊達さがみられます。
 唐草と梅の文様は、畝により区画された器面に、それぞれ二面ずつ描かれています。この器形は同時期の伊万里焼にしばしば見られるものです。本作はわずかに傾きもありますが、器壁が厚く、大きな造りの下部に重心が置かれ、安定感があります。
 側面には面取りも施されていますが、角張ったところはひとつも見当たらず、素焼きをしないことによる、とろりとした釉調と相俟ってどこまでも柔らかな印象です。また、原料の精製が不十分なために、全体に青味がかった釉薬や落ち着いた発色の染付もそこへ調和しています。

 こうした滑らかな絵付け、重厚な器体、柔らかな釉薬や染付の発色は、誕生まもない1610年代から1630年代頃の伊万里焼に見られる特徴です。このような17世紀前期の作品群を初期伊万里といいます。

 この草創期の伊万里焼を「初期伊万里」と呼びならわすようになったのは、『古伊万里の世界』(1975)によると、昭和30年頃からのようです。当時は、中国の窯技が導入された寛永末年(1644)以降に作られたものを「古伊万里」と通称していました。それに対して、寛永末年以前の朝鮮の遺風を残したものを誰というとなく「初期伊万里」と呼んだのが、古陶磁愛好家や研究家の間に普及したといいます。

 伊万里焼は日本初の国産磁器にあたり、それ以前は、磁器は中国から輸入する他にありませんでした。そのため、初期伊万里は、当時の最先端のやきものであったはずです。窯跡以外では、城跡や大名の居住地などから出土しており、上流階級の人々が使用する高級品であったと推測されます。本作も当時はそうした人々の間で、酒器として利用されたのではないでしょうか。

 では、江戸時代に“使ううつわ”であった初期伊万里が、現代のように鑑賞陶磁として美的賞賛を受け、“観るうつわ”となったのはいつからでしょう。『古伊万里染付皿』(1970)によると、昭和36、37年頃より初期伊万里の鑑賞陶磁としての価値が全国的に認められていったといいます。
 その要因として、肥前古窯の発掘調査の進展が挙げられます。昭和30年代前半は、研究者や愛好家、私的な組織が窯跡を訪ね、後半になると、行政や研究機関といった公機関による調査が始まりました。こうした私や公による、調査と発表が盛んになった結果、伊万里焼創始の解明とともに初期伊万里への関心が高まっていきます。特に、昭和40年より行われた天狗谷窯の調査は人々の初期伊万里への興味を一層引きつけました。本作と同様の陶片も、昭和30年代前半には既に稗古場窯から出土しており、初期伊万里の中では比較的早く注目されたタイプの作品といえます。

 発掘調査で資料的、歴史的価値が高まりを見せると同時に、初期伊万里の美的価値も認められていきます。その背景として、早い段階から初期伊万里の美的価値に注目していた人々による啓蒙活動の影響と、終戦後の高度経済成長の一方で、手仕事による素朴なものに対する世間の関心の高まりが挙げられます。以上のような要因によって、時代に初期伊万里の美を受け入れる機運が整っていきました。

 こうして、初期伊万里にあらわれた草創期ならではの特徴は、美の要素として見られるようになりました。闊達で流れるような絵付けは自由奔放さ、重厚な器体はうつわとして備えるべき剛健さ、そして、柔和な釉薬の色や質感とそこに滲む染付は温かみや穏やかさとして、それぞれ解釈され、初期伊万里の普遍的な美として享受されていきます。
 それらの特徴は、通常磁器として理想とされる白く、艶やかで薄造りなものとは全く異なる魅力でした。この初期伊万里独自の美が近代において発見されたことで、現在では、伊万里焼を代表する作品群として高く評価されています。

 うつわをただ美術品として飾られるままに見るだけでなく、このように美術品となるまでの歴史を振り返ってみると、作品が伝世し、今私たちの目の前に存在するという事実がより一層輝きを増すように思います。本作がしっかりとした存在感のある面持ちに見えるのも、単に安定した高台や厚い底部の造りだけではないのでしょう。江戸時代に高級食器として生まれ、近代に至り、鑑賞陶磁としての美を発見され、伊万里焼を代表する美術品へと昇華されたという背景も、初期伊万里の魅力のひとつではないかと思います。
(青砥)



【参考文献】
瀬良陽介 『古伊万里染付図譜』 平安堂書店 1959
山下朔郎 『古伊万里染付皿』 雄山閣出版 1970
永竹威 『古伊万里の世界』 ブレーン出版 1975
中島誠之助 『古伊万里染付入門』 平凡社 1992
矢部良明・小木一良監修 『伊万里百趣-私の伊万里と古窯・陶片-』 里文出版 1993

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