学芸の小部屋

2018年9月号
「第6回:瑠璃銹釉 透彫花鳥文 香炉~江戸時代の梅に鶯~」
(作品公開期間:2018年9月1日~9月22日)

 9月に入りようやく朝晩は涼しく感じられるようになってきましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか。

 伊万里焼にあらわされた植物モチーフをご紹介する『古伊万里植物図鑑展』も、残りひと月を切りました。伊万里焼には、ひとつのうつわに一種類の植物をあらわすものもあれば、複数の植物を組み合わせたものもあり、さらには植物と動物をあわせて描き込んだものも見られます。「桐に鳳凰」や「獅子に牡丹」、「大根に鼠」などは、植物と動物の組み合わせの定番。中でも、「とりあわせのよいことのたとえ」(『広辞苑』第5版)でもある「梅に鶯」は、初期からしばしばあらわされてきました。開催中の『古伊万里植物図鑑展』でも「梅に鶯」を描いた作品を展示していますが、今回の学芸の小部屋では、別の作品「瑠璃銹釉 透彫花鳥文 香炉」(註1)をご紹介いたします。


瑠璃銹釉 透彫花鳥文 香炉  伊万里 江戸時代(17世紀後半) 通高8.1㎝
 本作は通高約8cmと小振りながら、轆轤(ろくろ)成形より手間が掛かるとされる板作り成形(註2)で作った胴部に獣面の足をつけ、加えて胴部四面に梅に鶯の図を透かし彫りするという非常に手の込んだつくり。しかも、その図案は四面とも異なっています。


 鶯の羽ばたく様子や美しくさえずる様子など、凝った図案を瞳や羽の毛並みまで彫り込むことで非常にいきいきとあらわしています。また、梅も正面を向いて花を咲かせるもの、横から見た形を立体的に捉えたもの、蕾がほころびかけるものをあらわし、小さな画面に梅の様々な姿を丁寧に表現。透かし彫り部分には釉薬を掛けず、露胎で仕上げたことも、細かな彫り文様が活きている要因と言えるでしょう。このように細心の注意を払って製作された優品であり、梅と鶯を慈しむ気持ちまで伝わってきそうです。
 他の花に先立って春にいち早く花を咲かせる梅と、春先から鳴きはじめ春告鳥(はるつげどり)の異名を持つ鶯を組み合わせた「梅に鶯」は古来好まれた取り合わせであり、それらを入れ込んだ絵画や歌は数知れず。また、梅も鶯もそのものを愛でる風習が古くからありましたが、江戸時代に入るとその愛好が町民層にまで広まっていきます。

 梅は江戸初期に品種が著しく増加したと言われ、江戸後期に刊行された日本初の彩色植物図鑑である『本草図譜』(岩崎灌園1828)には、「其数四百除種に至る」とあり、江戸の梅の品種改良ブームがうかがえます。また、梅の名所も賑わいました。龍が地を這うようなさまの「臥竜梅(がりゅうばい)」で有名な亀戸梅屋敷や、江戸後期に開園した向島花屋敷、蒲田の梅園などは、様々な地誌に名があらわされ、浮世絵にも描かれています。このほか、浮世絵には鉢植えの梅を求める人の姿もしばしば見られ、その愛好ぶりがうかがえます。


歌川広重『名所江戸百景』「蒲田の梅園」(国立国会図書館所蔵)

 このように江戸時代には花見ブームや園芸ブームが巻き起こりますが、一方で、鳥の飼育、江戸の言葉では「飼鳥(かいとり)」も流行していました。江戸市中には元禄年間(1688~1704)までにはすでに鳥屋が存在し、鳥の販売はもちろんのこと、飼育上の助言、さらには美しい鳴き声を持つ鳥の声を他の鳥に覚えさせる「音付け」なども行われていたようです。そして、鳴き声の美しさ競わせる「鳴合せ」や羽色の美しさ比べなども、身分の隔てなく楽しまれていたと言います。このような飼鳥ブームにおいて、鶯ももちろんその対象とされました。その人気ぶりから、『養鶯辨』(秋元万蔵1818)や『鶯飼様口伝書』(鼓腹堂山人1849)などの鶯専門の飼育・解説書も出版されているほどです。


『人倫訓蒙図彙』(蒔絵師源三郎1690)より「小鳥や」(国立国会図書館所蔵)

 以上のように、江戸時代以降は梅も鶯も、そのものを愛でる風習が町民層にまで広まっていきました。それまで一部の人々だけが楽しんでいたものが、江戸時代の中・後期になると徐々に町民層にまで広まる――実はこの流れは伊万里焼も同じこと。伊万里焼の場合、誕生当初の17世紀は大名をはじめとした限られた人々のうつわでしたが、17世紀末以降は町人層へも広まりはじめます。  今回ご紹介いたしました「瑠璃銹釉 透彫花鳥文 香炉」が作られたのは17世紀後半。その年代観と丁寧なつくりから上流階級の求めたものと推測されますが、本作は広く伊万里焼が普及する“春”に先んじて、美しい梅や鶯の姿を見せています。

 「瑠璃銹釉 透彫花鳥文 香炉」は、9月22日まで『古伊万里植物図鑑展』とともにご覧いただけます。江戸の人々の花や鳥を愛でる気持ちにも思いを馳せながらご鑑賞いただければ幸いです。ご来館を心よりお待ち申し上げております。

(黒沢)


(註1)本作は口部に金属製の筒と蓋が取り付けられており、容器として利用された可能性があるが、類品では金属製の付属物はなく、器形や共蓋から元々は香炉として製作されたとみられるため、本稿では「香炉」と表記した。
(註2)板状に切り出した粘土を貼り合わせる成形方法。

【参考文献】
湯浅浩史『花の履歴書』講談社1995
細川博昭『大江戸飼い鳥草紙 江戸のペットブーム』吉川弘文館2006
日野原健二・平野恵『浮世絵でめぐる江戸の花』誠文堂新光社2013

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