学芸の小部屋

2020年6月号
「第3回:売立目録掲載の作品名から考えるやきもの鑑賞」

 庭の新緑も雨に打たれ、ひときわ色を深めてきました。

 さて、今月の学芸の小部屋では作品名に注目してやきもの鑑賞を考えていきます。

 多くの美術作品の場合、作品名は作者によって各々の制作テーマや用途、個人の思想に基づいて名付けられます。しかし、当館所蔵品の中心である伊万里焼や鍋島焼は、江戸時代には実用品であり生産体制は分業であったため、特定の作者の存在はありません。その本質が製品であることからも察するべく、制作段階で施される美術作品としての名は与えられていないのです。なお現在、美術館などの所蔵作品には、個を判別するために名前が付けられています。

 それでは、江戸時代当時、消費者の間ではどのように呼ばれていたのでしょう。鹿苑寺の住職、鳳林承章(1593~1668)の日記である『隔冥記』を紐解くと、寛永 16 年(1639)閏 11 月 13 日の条に「今利焼藤実染漬之香合」の記載が確認できます。そこに書かれているのは、やきものの種類(今利焼=伊万里焼の意)、文様の詳細(藤実=藤の花)、絵付け技法(染漬=白地に青色の文様をあらわす装飾技法)、器種(香合)といった基本的な特徴の羅列です。恐らく現代の私たちが普段使うお皿について、「白地に青色で藤の花が描かれた深めの皿」などと見た目から個を指定する場合と同じ要領であったとみえます。

 江戸時代には名を持たなかったやきものは、明治時代以降に美的価値を見出されて、実用品から美術品へと評価の転換が起こります。そうした時代の流れの中で、個を識別するべく、やきものの特徴が所蔵整理あるいは売立目録(個人や名家の所蔵品などを決まった期日中に売る売立会のために、事前に配布される冊子目録)に掲載するための固有の「作品名」として整理されていったと考えられます。

 明治から昭和にかけての売立目録には、図版や作品名(作品名称)、形態等の記載があります。作品名には、「柿右衛門花卉絵木瓜形皿」(1928年3月5日高橋家蔵品入札)、や「五彩古九谷牡丹双蝶絵大皿」(1934年5月7日古九谷と加越能古陶展観)にみえるように、明治以降、色絵重視の美術市場において高く評価された「柿右衛門」や「古九谷」などのブランド名称に加えて、文様や器形など作品の詳細な特徴が記述されているものから、「色絵鍋島中皿」(1936年6月8日某家所蔵品入札)といった最低限の情報のみのものなど千差万別。その中で、時の流行を教えてくれることもあります。
 当館にて「色絵 人物帆船文 蓋付碗」としている作品を例に挙げて見てみましょう。その類品は「伊万里呉叟船蓋茶碗」(1927年9月26日村井家書画什器入札)、「古今利御双船茶碗」(1913年12月8日某大家御蔵品入札)、「古今里五叟船蓋茶碗」(1919年3月6日高橋捨六氏遺愛品展覧入札)など複数の名称で掲載されています。この3種の作品名、文様をあらわす漢字は異なりますが読みはすべて「ごそうせん」です。「五艘船(ごそうせん)文」は見込と外面に併せて5艘のオランダ船とオランダ人を描いた異国情緒あふれる文様。江戸時代当時から人気があったのか、国内向けの様々な形の鉢や本作のような蓋付碗にも描かれています。しかし、本作は外側面と蓋は枝のような文様によって器面が二分され、白地に船、赤地に5人のオランダ人が描かれているため、厳密には「五艘船」とは言えません。恐らく、国内向け最上手の古伊万里金襴手、所謂「型物」のひとつに数えられた「五艘船」にあやかったブランド的な名称であったのでしょう。



 そのような中で一際異彩を放つのが「古伊万里錦珊瑚樹取茶碗」(1935年12月15日某家所蔵品入札)。江戸時代に作られた伊万里焼(古伊万里)の色絵(錦)で、珊瑚樹の文様(珊瑚樹)の茶碗(取茶碗)と読めますが、目録掲載図版では先の「五艘船」の蓋付碗の類品とみえます。
 どうやら、器面を区分けする枝のような文様を珊瑚樹と表現したようですが、型物ブランドとしても印象的な「五艘船」ではなく、あえて仕切りの文様を主として名付けた点に、面白さがあります。

 そのほか、文様や器形が類似するのに、名称が異なるものには「柿右衛門鶉籠段重」(1930年11月26日高岡市大坪家蔵品入札目録)があります。これには当館所蔵品の「色絵 葡萄文 虫籠形食籠」の類品とみえる図版が掲載されており、胴下部に描かれた葡萄文の背景の竹垣や足部分の文様の有無、当館所蔵品は蓋物であるのに対し、図版は胴部を2つに分けた蓋付きの段重に見えるなどの細部の違いはありますが、基本的な文様構成、器形は概ね同様のものと考えられます。残念ながら図版掲載品のサイズは判然としませんが、伝世する類品との比較から察するに口径15㎝程度でしょう。



 虫籠形の蓋物は国内外の他館に類品が複数伝世していますが、筆者が調べた限り名称はどれも「虫籠」。先に記したように、文様にも鶉は確認できませんでした。なお、鶉籠とは、鶉を飼うのに用いる上部を網糸で張った竹製の四角い籠のこと。作品の特徴と照らし合せると、蓋に描かれた網状の文様や、胴上部の縦格子が鶉籠を連想させたのでしょうか。また、江戸時代の鳥籠には腰回りに蒔絵を施した漆製の足付きのものもあり、胴下部や三足部分がそれらとも似ているように見えたのかもしれません。
 ちなみに、「柿右衛門鶉籠段重」の売立が金澤美術倶楽部にて行われていることから、売主は加賀藩2代目藩主である前田利長(1562~1614)の唯一の実子、満姫(1604~1611?)の母の生家であり、江戸時代には百姓の管理を行う御扶持人十村役を担っていた大坪家とみえます。由緒ある家の売立品であれば江戸時代からの蔵品の可能性が考えられ、当時の鶉の愛好や後期の鳥飼いの流行などと関係した名であるのかもしれません。それにしても、ドーム形の小さな籠にずんぐりとした鶉が入れられている様を想像すると、なんとも微笑ましいですね。

 様々な個性を見せる作品名ですが、売立目録に書かれたものを、誰がどのように決めたのかは判然としません。売立を扱った骨董商が決めたのか、ないしはその家の蔵品目録や箱書きを参照したのかなど、名付けの場面はいくつも想像できます。特に後者については、冒頭でご紹介した『隔冥記』中の「今利焼藤実染漬之香合」のように江戸時代から伝わる作品の特徴を整理したものもあれば、販売者や購入者が名付けることもあるでしょう。つまり、売立目録掲載の作品名は多様な着眼点から名付けられているということ。それは時に作品の情報を越えた売立当時の流行や、新たな鑑賞ポイントを教えてくれるのです。
(小西)


【参考文献】
赤松俊秀編『隔冥記 第一』鹿苑寺 1958
『源流から現代まで 柿右衛門の世界展 図録』朝日新聞西部本社企画部 1983
『ヨーロッパに開花した色絵磁器 柿右衛門展』朝日新聞西部本社企画部 1993
佐々木健一『美学事典』東京大学出版会1995
九州産業大学柿右衛門様式陶芸研究センター編『柿右衛門様式研究―肥前磁器 売立目録と出土資料―』九州産業大学21世紀COEプログラム柿右衛門様式陶芸研究センター売立目録研究委員会2008

【Web資料(閲覧順)】 高岡市立中央図書館公式HP内、デジタル古文献資料 大坪家文書(http://www3.city-takaoka.jp/literature/index.html)2020/5/15最終閲覧
高岡市立博物館公式HP内、高岡の祖・前田利長略年譜(https://www.e-tmm.info/tosinaga.htm)2020/5/15最終閲覧
『人倫訓蒙図彙』1690年刊(https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2592442) 国立国会図書館デジタルアーカイブにて2020/5/16最終閲覧
彦根城博物館公式HP内、主な所蔵品「朱漆塗鳥籠・螺鈿牡丹唐草文籠桶 1組」
(http://hikone-castle-museum.jp/collection/1543.html)2020/5/19最終閲覧

※本文中の売立目録データは、九州産業大学柿右衛門様式陶芸研究センター編『柿右衛門様式研究―肥前磁器 売立目録と出土資料―』九州産業大学21世紀COEプログラム柿右衛門様式陶芸研究センター売立目録研究委員会2008を参照。

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