学芸の小部屋

2003年7月号

流行の最先端、雛形本

 

 7月5日(土)〜9月28日(日)まで館蔵『江戸の文様—古伊万里、見るうつわ 魅せるうつわ—』の展覧会を開催中です。
今展示一番の見どころは、「小袖と伊万里文様の比較」です。

 平安から鎌倉時代、上流階級の衣装といえば束帯や十二単でした。その下着の役目を果たしていたのが小袖です。戦国時代になると、武士が台頭する下克上の風潮に乗り、小袖も上着として地位向上を果たします。更に江戸時代になると、庶民から武士にいたるまで幅広い階層で着られる一般的な服装となりました。
 経済の安定と文化の発展とともに、小袖文様も華やかになります。染織技術の向上のほか、浮世絵や歌舞伎の流行といった文化的隆盛が、多彩な意匠を作り出す後押しをしたと考えられます。人々の心も懐も豊かになったことで、小袖に装飾的な意義を持たせる余裕が生まれたのかもしれません。
 流行した小袖の柄を集めたデザインブックを「小袖模様雛形本」といいます。「雛形」とは雛人形などと同義で、実物をかたどって小さくした模型、見本などという意味があります。江戸時代、その時々の流行した意匠に合わせ、数多くの雛形本が刷られました。
雛形本大量出版の理由のひとつに、「現金掛け値なし」(行商による訪問販売をやめ、店先で直接販売する方法)のシステムを構築した三井越後屋(現在の三越)の存在があります。江戸・京・大坂の大都市の経済力を持つ人々の間で、小袖がオーダーメイドで作られるようになりました。店先に豊富な商品を揃え、その時々の流行に則りつつ、他の誰とも違った小袖を作らせる為、次々と最新の意匠を取り入れたファッションブックが作られるようになったと考えられます。小袖を注文する時「この龍とこの花の意匠をアレンジして…」というように、雛形本から指示を出したのではないでしょうか。

 第2展示室では、当時流行した意匠から取材したと思われる伊万里の文様を、雛形本の写しとともに比較展示しております。「青磁 陽刻根菜文 皿 鍋島」は、陽刻された大根にたっぷりと掛けられた青磁釉が大根のまろやかさとみずみずしさを醸し出している作品です。見込の上部分は葉、下部分は根のバランスは絶妙です。丸皿の口縁に添うように浮かぶ大根は、身近な食物でありながら小袖や伊万里の意匠となるような人気の意匠であったことを教えてくれます。また七草の一つであり、消化に良く胃に当たらないことから、俗にいう「大根役者」という言葉がうまれました。どこかウイットに富んだ世相を思い起こさせます。
伊万里の絵付職人の、当時の流行に乗り遅れるな、という気概を感じることができます。流行の最先端や美しさを追い、個性を出したいという思いはいつの世も変わらないのかもしれません。

皆様のご来館をお待ちしております。

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