今回のテーマは富士山。
夏になり、涼を求めてさまよう日々。そんな時はこの「染付 富士文 皿 伊万里(17世紀中葉)」をどうぞ。「寛文元年辛丑十二月、大皿二十入」と記された箱に入った同様の作品が伝世していることから、製作年代がわかる貴重な作品です。
日本は国土面積72.8%が山地と丘陵で占められています(国土庁調べ)。その中で最も高く、日本の山の象徴として古代から崇拝されてきた富士山。その名はアイヌ語の「火(=フチ)」を由来とする説、急なスロープを意味する言葉「フジ」から引用したとする説、「不死」「不二」「不尽」から由来するとの説など、様々です。「不死」は『竹取物語』のかぐや姫が月に帰る際に残した不死の霊薬を、帝が最も天に近い場所である富士山で燃やさせたという伝説から生まれたともいわれています。また、浅間神社の山神として木花咲耶姫(コノハナサクヤヒメ)が祭られたり、修験道の祖師「役小角」(えんのおづぬ)が633年に初登頂したとの説があります。江戸時代になると、庶民の間で「富士講」(富士山を参拝する地縁的組織。旅費を拠出しあい、順番制や抽選で登拝した)と呼ばれる登山が流行するようになりますが、あまりに大流行したために幕府から禁止令が出たほど。
ちなみに、山に登ると条件反射のように叫んでしまう「ヤッホー」。
あの昭和の歌姫、美空ひばりも歌の中で叫んだ「ヤッホー」。(歌が思い浮かばない方は諸先輩へ伺いましょう!)
このかけ声は、大正時代にヨーデル民謡の生まれたオーストリアのレオポルド・ウィンクラーという人物がスキー指導で来日した際に伝わった外来語といわれています。しかしヨーデル伝来よりはるか以前に、山伏が修行の際に「ヤッホー」と叫んでいたらしいのです。呪術的発声で秘儀とのこと。「ヤッホー」は日本に古くから伝わるかけ声だったのです!是非「染付 富士文 皿 伊万里」をご覧頂きつつ「ヤッホー」と登山気分を味わって頂けたらと思います。また、美術館ラウンジには「上高下 幻想の富士」という、滅多に撮れない瞬間をとらえた夕陽の写真もございます。
伊万里焼に描かれた富士と、現在の富士。年月を経ても変わらぬ富士山の姿を是非当館でご堪能ください。