学芸の小部屋

2004年7月号

“微笑み”の‥‥‥。

 連日30℃を越す真夏日が続き、まさに夏!といったお天気が続いていますね。
 じめじめの梅雨は一体どこへ……と思う内に東京はいつの間にか梅雨明け宣言!水不足が心配な今日この頃ですが、皆様いかがお過ごしですか?

 戸栗美術館では、7月3日(土)より新しく館蔵「古伊万里にみる江戸のくらし−装飾と実用の姿−」展がスタートしました。
  今展示では、17世紀に作られた扇子や兎の姿を象ったユニークな変形組皿、18〜19世紀にかけて流行した40cmを越える迫力の大皿、そして江戸の人々の趣味を反映して作られた文房具、化粧道具など、幅広い消費者のニーズに応じ、多種多様なデザインの器形が生み出され、生活の細部にまで深く浸透していった「伊万里焼」の数々をご紹介しています。
 職人の技と粋の感性が凝縮された「伊万里焼」を通じて、豊かに育まれた江戸のくらしの一端に触れる機会となれば幸いです。

 さて今回ご紹介する作品は、第1展示室最初のレーン中央部に陳列されている No.4《染付 人物文 捻花形皿 伊万里》 〔江戸時代(17世紀中葉) 口径 20.2cm〕。
 口縁(こうえん)を捻花(ねじばな)形に作り、縁銹(ふちさび)を施した中皿です。染濃(そめだみ)で塗り潰した幾何(きか)地文帯に5箇の宝珠を配し、中央の画面には松樹と僧衣を描いています。
 こうした捻花形の皿には丁寧な作行きのものが多く、この作品でも土坡(どは)や松樹の表現など、繊細な筆遣いがうかがえます。
 裏面には花唐草文をめぐらし、高台内一圏線内に二重角を描き、その中に染付で四字の銘が記され、第一字の上には目跡をひとつ残しています。

 見込(みこみ)中央の松樹の下で右手に網を持ち、左手で蝦(えび)を高く掲げたたずむ僧衣は、その様相から中国の伝説上の人物である蜆子和尚(けんすおしょう)と思われます。
  蜆子和尚(生没年不詳)は中国・唐時代末の禅僧で、居所を定めず、寒さ厳しい冬も、日差しの強い夏もなんのその! 年中納衣1枚で生活し、片手に持った網で蝦(えび)や蜆(しじみ)などを取ってはお腹を満たし、禅の修行に励んだといわれています。
 道教と仏教の人物をテーマとして描かれた道釈画(どうしゃくが)において、この蜆子和尚は妖術使いの蝦蟇(がま)、鉄枴(てっかい)の両仙人や、天台山の近くに住み、奇行が多かった中国唐代の僧である寒山(かんざん)、拾得(じっとく)らと並び、禅宗絵画の画題として好まれました。

 江戸時代に作られた「伊万里焼」のうつわには、自然風景や動植物と共に、中国絵画に取材したと思われる人物が数多く描かれています。
  例えば中国の竹林七賢人や八仙人、そして日本では七福神のひとりとしてもお馴染みのふっくらしたお腹が愛らしい布袋や、右手に打出の小槌を持ち、米俵を踏まえた大黒天などの姿が皿の意匠として取り入れられました。(※余談ですが、美術館内のどこかに数体木製の大黒天様がいらっしゃいます。ご興味のある方は是非探してみてくださいねッ!)
  その中でも蝦をつまみ、まるで子供のように無邪気に微笑むこの蜆子和尚の顔は、何とも言えぬ良い表情しています!
「今日は大きな蝦がとれたのぅ……」
「美味しそうじゃのぅ……」
などと思っているのでしょうか?! その表情はとても満足気で、幸福感に満ち溢れています。
  ユーモラスに描かれた蜆子和尚の顔を観ているだけで、鑑賞者を何だかほのぼのとした幸せな気分にさせてくれます。日々の家事や仕事に疲れ「癒されたい……」と思っている方には必見!まさに今展示イチオシの癒し系作品です!!

 夏の猛暑はこれからが本番!海や川、プールなど何かと水辺が恋しい季節ですが、今年の夏は見た目も涼しげな染付で描かれた蜆子和尚の作品をじっくりと鑑賞しながら、当館にてのんびりとした時間(ひととき)を過ごしてみませんか?
  強烈な日差しが照りつけ、暑いながらも松濤の坂を昇りご来館いただいたお客様を、この癒し系の硯子和尚が第1展示室内にてお出迎えいたします!
  歩き疲れ、少々夏バテ気味のお客様のカラダやココロを、“微笑みの硯子和尚様(今何かと話題のアノ方にも負けない位の素敵な微笑みです!)”がきっと癒してくれますよ。
 事実、筆者自身も展示室に入る度に、パソコン作業等で疲れた眼を癒しておりますので……。

 皆様のご来館をお待ちしております。

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