学芸の小部屋

2005年1月号

匠の技…?−恐るべしっ!江戸時代の絵付職人たち−。

 明けましておめでとうございます。

 本年も戸栗美術館を何卒宜しくお願い申し上げます。

 戸栗美術館では、2005年1月4日(火)〜3月27日(日)まで館蔵「古伊万里、色絵の誕生と変遷」展を開催しております。本展覧会では17世紀中頃に誕生した初期色絵をはじめ、17世紀末〜18世紀初頭にかけて最盛期を迎えた色絵作品を主軸として、時代の推移に沿いながら各様式ごとに展示し、その装飾美の軌跡を辿ります。中国磁器製品の模倣から始まり、国内外の需要や、時代の嗜好によって江戸文化とともに隆盛し、日本独自の華々しい装飾美を次々と展開させた伊万里焼。白い磁膚のカンヴァス上に、彩色豊かな華が繚乱と咲き誇った、美しき色絵磁器の世界をお楽しみいただけいればと思います!

 2005年新春第1号の【学芸の小部屋】。今号のおすすめ作品は、展示 No.1 《色絵 葡萄文 瓜形壷 伊万里(古九谷様式)》〔高21.2 cm  口径11.1 cm  高台径12.3cm / 江戸時代(17世紀中葉)〕。今展示ポスター中央部に登場している作品で、第1展示室入口正面の単体ケースに飾られています。この作品は胴部を7区分に捻った古九谷様式の五彩手の壷で、胴部全体に蔓草を配し、赤と黄色の果実と緑の葉で構成された葡萄文を描き、頸部には黄彩の波文をめぐらせています。古九谷様式の作品群には、九角形などの皿類が上手のものとしてよく知られていますが、この壷のように立体的な作品の胴部を奇数に区分し造形することは難しく、その工程に携わっていた当時の職人にはかなり高い技術力が求められていたと思われます。戸栗美術館が所蔵している古九谷様式のまさに最高峰ともいえる作品のひとつが、今展覧会において初出品されていますので、皆様お見逃しのないよう、くれぐれもお願いいたしますっ!!

日本に色絵磁器が誕生して間もない1640年代頃には、未だ素焼きの技術が完成されていなかったためか焼成が安定しておらず、素地にヒビやピンホールなどのキズがつきやすかったといいます。今日伝世している作品には、それら素地のキズを隠すための当時の絵付職人たちによる趣向を凝らした、様々な工夫の跡が残されています。例えば高台内、釉薬のかけ漏れの箇所には、それを補うように大きく羽を広げた鳥の姿を描いてみたり、またある時は見込に生じた大きなヒビを補うかのように、何と大胆にも畦道(あぜみち)を意匠として取り入れてみたり…。この「キズ隠し」の技法は、日本が長年憧れていた中国陶磁器に倣い、導入された技術と考えられています。当時高級だった色絵の具を用いて絵付を施すことで、やきものとしては致命的とも思われるキズさえも見事に隠し通す…。江戸時代の絵付職人の卓越したアイディアセンスで装飾された独創的な意匠の数々には、ただただ驚かされるばかりです。

さて今号でご紹介しています、この愛らしい瓜形の壷。一見、バランスの整った綺麗な絵付が施されているように思うのですが…よくみてください。葉の部分をもう一度、よーく見てください(万一H.P上で確認出来ないお客様がいらっしゃいましたら、申し訳ございません…)。皆様はもうお気付きでしょうか?他の作品と比較すると少々地味ではありますが、この作品にもしっかり(?!)と「キズ隠し」の技法が用いられているのですっ!!

色絵の具で絵付を施す職人が、焼き上がった素地をみます。ところが、白い磁膚の胴部には焼成時に生じたと思われるいくつかの大きなキズが…。「何とかこのキズ跡をごまかすことはできないだろうか?」と、頭を抱える絵付職人。

「赤や黄色の絵の具で描く葡萄の実では、小さすぎて大きなキズを隠しきれないし、蔓草を描く線も細いし…。」

 …しばらくして、職人の頭の中にある考えがひらめきます!

「あっ!濃い緑色の絵の具で葉を描けば、このキズ跡が隠せるかもっ!葉の内部の葉脈も黒線で描くから目立たないと思うし…。そうだっ!この大きなキズの部分も、葡萄の葉を2枚並べて描けばうまくごまかせそうだな。よしっ!これでいこう!!」

……などと当時の絵付職人がそこまで考えたか定かではありませんが、緊張感に包まれた展示替えの最中、実際この作品を手に取りながら筆者は思わずそんな事を想像してしまいました。「短所を長所に変える」にまで至ったか、正直なかには微妙なものもあるかもしれませんが、これも匠の技−絵付職人たちの素晴らしいアイディアの結晶です。古九谷様式の作品を鑑賞する際には、このような「キズ隠し」の技法がどこかに使われていないか、じっくり探してみるのも楽しみのひとつとなるのではないでしょうか?

「色絵の具で描かれた意匠が、“偶然”にもキズの部分と重なっただけなのか?」

それとも「大きなキズをごまかそうと、絵付職人が“意図的”に意匠を描いたものなのか??」

皆様はどう思われますか?

 何となく気になったお客様、〝百聞は一見にしかず〟ですよ。

是非一度ご来館いただき、お客様の目で江戸時代の絵付職人の粋をご覧ください。 新春にふさわしい華麗な装飾が施された色絵磁器たちが、展示室にて皆様のご来館をお待ちしております!

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