学芸の小部屋

2005年2月号

ふと耳を澄ませば……〝チュッ、チュル、チュルー〟

 2月に入りました。寒い日が続きますね。この時期は前日より降り積もった雪が凍結、アイスバーン化した路面で足を滑らせたり、雪下ろしの最中に屋根から転落するなどして骨折!救急車で病院に搬送される人が急増するとのこと。皆様くれぐれも足下には、お気をつけください!!
 現在当館では、2005年3月27日(日)まで館蔵「古伊万里、色絵の誕生と変遷」展を好評開催中です。17世紀中期に誕生した古伊万里の色絵磁器は、長年憧憬していた中国陶磁器を意識しながらも、時代毎の消費者のニーズに応じてその姿を幾重にも変化させ、時に日本的なデザインを取り入れながら、やがて独特の装飾美を生み出していきました。今展覧会では、江戸時代に花開いた伊万里焼における色絵磁器の変遷の過程を、じっくりとご鑑賞いただければと思います!

 さて今年の干支は、皆様ご存じの通り「酉(とり)年」です。江戸時代、伊万里焼はその誕生期より、鳥をモチーフにした数多くの作品が作られました。今展示でも、赤、青、緑、黄色など、カラフルな羽根を身にまとった鳥たちがたくさん登場しています。白い磁膚(じはだ)の上空を軽やかに飛び回る鶴をはじめ、華麗な装飾が施された羽根を、まるで鑑賞者に自慢するかのようにツンとすました表情の孔雀(くじゃく)、木の枝にとまり木の実をつつく鳥から、外的から自分の身を守る為なのでしょうか、保護色となる草木の陰にじっと身をひそめている少々臆病者の鳥まで……実に多種多様な鳥たちが、薄暗い美術館の収蔵庫を飛び出し、展示室内で思い思いの時間を過ごしています。

 今号の【学芸の小部屋】でご紹介する《色絵 松竹粟鶉文 皿 伊万里(柿右衛門様式)》〔口径15.1cm 高3.3cm 高台径9.5cm/江戸時代(17世紀末〜18世紀初)〕も、そんな鳥をモチーフとして描かれた作品のひとつで、第2展示室に陳列されています。縁銹(ふちさび)で引き締められた円形のカンヴァスには、乳白手(にごしで)の余白を上手く残しながら、松竹、粟(あわ)、柴垣(しばがき)に集う2羽の鶉(うずら)の姿がそれぞれ描かれています。特に鶉の羽根や草花などの動植物の表現には、柿右衛門様式ならではの細かく丁寧な筆致で絵付けが施されており、また良好な乳白手の磁膚が、展示室内のスポットライトの光を適度に反射し、器面に描かれた上絵の具の色をより一層明るく、そして艶やかなものにしています。裏面は無文で高台内に目跡1箇。余白が効果的に生かされた、これぞ柿右衛門様式の真骨頂!ともいえる程、瀟洒 (しょうしゃ)で美しい作品に仕上がっています。

 この作品でメインに描かれている鶉は、耕地、牧場、草原などの平地に生息し、植物の種子や穀物を主食としているキジ科の鳥。近年は主にその卵を目的に養殖されている鶉(「鶉」よりも、『ウズラ』と表記した方がピンときますよね)ですが、意外にも古くからその鳴き声を愛され、飼育されていた鳥の一種です。例えば江戸時代の人々の間では、趣味・娯楽のひとつとして猫や犬、金魚などの動物と共に、鳥を飼育することが流行しており、この影響からそれらの動物を専門に扱うペットショップが登場したり、飼育方法を記したマニュアル本なども出版されました。上流階級、特に大名などは、愛玩する鶉専用の豪華な鶉籠(うずらかご:下に砂などを敷き、上に網を張ったもの)を作り、その中で鳥の飼育を行いました。鑑賞目的で飼育される鶉(=飼い鶉)において、いわゆる〝良い鶉〟とされるポイントは鳴き方、姿勢、斑紋の3点。江戸の人々は、それら各項目ごとに競い合う品評会を開き、自分たちが飼育している鶉の優劣を競ったといいます。
 鳴き方をメインに競い合う分野においては、ウグイスやメジロと同様に「鳴き合わせ」(鶉の場合は『鶉合〈うずらあわせ〉』というのだそうです)が催されました!「鳴き合わせ」とは、飼い主が持ち寄った数羽の雄鶉を一度に集め、それぞれが自分たちの縄張りを主張するために鳴き始めた中で、最後まで一番力強く、そして長く鳴き続けた鶉の鳴き声を楽しむ会のこと。当時の非常に熱心な鶉マニアは、鶉の微妙な鳴き声を楽しもうと、この鳥が最もよく鳴くという早朝に鳴き声コンテストを開催!各自ご自慢の〝MY鶉〟を持ち寄って、鳴き声を競ったといいます。また時には「巾着(きんちゃく)ウズラ」と称し、袋の中に鶉を入れて腰にぶら下げ連れ歩き、座敷などの明るい場所に出しては鳴き声を上げさせ、人々を楽しませるという、芸事を仕込まれた鶉も中にはいたとか…。江戸時代の人々は、実に様々な形で鶉鑑賞を楽しんでいたのですね。

 そこでふと気になるのが、鶉の鳴き声。一般的に鶉の鳴き声は「チュッ、チュル、チュルー」と聞こえるそうですが、その鳴き出しには「クァ」、「チョ」、「コキ」の3種類があるのこと。一説には「クァ」で始まり長く引き、声に艶がある鶉の鳴き方を良としていたのだそうです!鶉の鳴き声の中でも、特に興味深いのが繁殖期(日本では4月〜8月)を迎えた雄鶉のケース。「グワッ、クルルル」や「グルル、グルル」と短く続けて盛んに鳴いてみたり、そして時には「アッジャッパー!」などと鳴き、お気に入りの雌鶉を自分のテリトリーに迎え入れるのだそうです(ひと昔前、会話の中で使っていたような、あの懐かしいフレーズに似ていますね!)。
 今まで尾が短く、小さく丸みを帯びた体型が愛らしい鶉と思っていましたが、こうしてみてみると意外にたくましい声で鳴く鳥なのですね。このギャップの差が、江戸時代の愛鳥家の心をつかんだのでしょうか?一体どういう鳴き声がマニア心をくすぐったのか!?「グワッ」?「コキッ」??それとも……とても気になるところです。

 そこで今回は「酉(とり)年」にちなみ、日頃は『野鳥観察が趣味といいながらも、「古伊万里鑑賞」は未経験』という、現代の愛鳥家のお客様へ【学芸の小部屋】よりご提案です。たまにはいつもとひと味違う、江戸時代の伊万里焼に描かれたカラフルな鳥たちをバードウォッチング!この機会に気の合うご友人同士、戸栗美術館所蔵の鳥をモチーフとした作品を愛でながら、〝鳥談議〟に花を咲かせてみてはいかがでしょうか?平成時代の愛鳥家のお客様。是非、ご感想をお聞かせください!

 今展覧会ではこれら愛らしい2羽の鶉たちをはじめとする、江戸時代に描かれた “色とりどりの鳥たち”が自慢の喉をふるわせ、皆様のご来館を心よりお待ちしております。


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