学芸の小部屋

2005年4月号

 4月2日より、「館蔵 古伊万里の展開—魅惑の作品類—」が始まりました。東京では桜の蕾がほころび始めた頃でしたが、今はすっかり若葉に覆われ、来るべき夏への準備を進めているかのようです。気温の高さに反してひんやりとした風が心地よいこの季節、当館では目に涼やかな染付・白磁・青磁を中心に展示を行っています。


 その中で今回は染付の作品「染付 菊文 瓢形瓶 伊万里」江戸時代(17世紀前期 高21.8cm)を取り上げます。江戸時代前期につくられた伊万里焼で、初期伊万里とよばれる様式の作品です。磁器創成期のこの頃、生掛け焼成とよばれる、やきものの形を作り自然乾燥をしたものに釉を掛けて焼き上げる方法がとられていたため、釉に掛けムラがあったり、全体に歪んでいたりするものが少なくありません。さらに、灰色の磁肌や黒みがかった発色の染付など、原料の不十分さや焼成温度の不安定さが原因で、これら独特の風合いが生まれました。初期伊万里の特徴は稚拙ともいえる技術によるその豪放な作風が大きな魅力の1つです。






 ところがこの瓶をみてみると、心持ち傾いてはいるものの、しっかりとした立ち上がり。歪みなどはありません。さらにくすみのないきめ細やかな磁肌に描かれた染付の発色の鮮やかなこと!先に挙げた初期伊万里の特徴はほとんどみられず、技術の向上が伺える作品なのです。
 そして優れた仕上がりでありながらも、そこに描かれた菊の文様がおおらかなものを感じさせ、見る者の心を和ませます。菊は奈良時代の末期に中国から渡来し、その美しさは日本でも高く評価されました。日本で磁器が誕生して間もないこの頃の伊万里焼は、富裕層に珍重される高級品でした。ですから菊・梅・竹・蘭の4種の植物を高潔な花として君子にたとえた四君子の1つである菊が伊万里焼に描かれたのはうなずける話です。柔らかな曲線の瓢箪形の上に、自由な筆遣いで描かれた菊が愛らしい花を咲かせ、豪放の魅力から一歩進んだ繊細なものを醸し出しています。

 ほんのりと青みがかった磁肌に映える美しい藍や、どことなく頼りなくも自らの底部を支えに立ち上がるその姿は、当時の陶工達に伊万里焼のその後の発展を予感させる、初期伊万里の白眉だったことでしょう。そして4世紀の時を経た現在、当館の第1展示室の入口正面で小首を傾げ、私達に伊万里焼の黎明を語りかけるかのようです。展示ケースの左側に耳をそばだてると、伊万里焼の秘密をそっと教えてくれるかもしれません。

 皆様のご来館をお待ちしております。

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