学芸の小部屋

2005年11月号

  「初期伊万里の兎」

 外を歩くとサザンカやヒイラギが目を和ませてくれる霜月。皆様如何お過ごしでしょうか。

 現在当館では、先月より引き続き「館蔵 初期伊万里と陶片展」を12月25日まで開催中です。
 初期伊万里は李朝系の陶工によって磁器制作が支えられたにもかかわらず、その図案は中国明朝末期の景徳鎮窯の模倣に始まりました。その為この景徳鎮の民窯が焼成して日本に大量輸出していた古染付と、初期伊万里の染付には、文様や碗・鉢・中皿・大鉢・水指に器形の一致が見られます。中国のスタイルを模しながらも、日本独自の作風も取り入れられた素朴で味わい深い初期伊万里の世界をご堪能ください。

 さて今回ご紹介する作品は、第2展示室に展示されております「染付 吹墨白兎文 皿」(江戸時代、17世紀前期、口径21.0㎝)。白兎の文様が描かれ、墨吹の技法が用いられた作品。翔け回っている野兎が後ろを振り向く動的な一瞬を捉え、耳や後足に勢いが感じられます。

 前述の通り初期伊万里の図案は、基本的に中国趣味を基調としていたため、前回ご紹介した山水文や、菊・鳥・動物・人物など古染付の意匠をそのまま写し取ったものが多く見られます。この作品もその内の一つと考えられます。

 この墨吹白兎文は当時人気があったようで、初期伊万里の中皿によく用いられました。ここでは兎・雲・短冊ですが、この他には兎・月・短冊のものも見られるなど、兎の文様にはいくつかの組み合わせがあります。描かれた文様は似ていますが、その大きさや間隔などをご覧頂くと各々の異なる趣が感じられることと思います。この兎、よく観察しますと耳が長く描かれていることにお気づきでしょうか。長く表された耳にユーモアや愛らしさが感じられますよね。初期伊万里に登場する兎は、耳がすっくと立っているのが特徴的なのです。兎の耳は、時代が遡る程大きく描かれ、時代が下るに従って短くなります。

 さてこの作品には、平皿に文様を描きその部分を白く染め抜いて、染付の顔料である呉須を吹き付ける吹墨の技法が用いられています。中国の景徳鎮の影響を受け、藍染めの世界から応用されたと思われるこの吹墨は日本人好みの技法として、現在でも用いられています。この作品の場合、兎・雲・短冊の形に切った紙を置き、染付を吹きかけることで、白抜きの文様を浮かび上がらせています。兎の顔や文字は後から書き加えられた様です。吹墨のぼかしが柔らかで幻想的な雰囲気を醸し出すこの中皿は、まさに初期伊万里を代表する名品といえるでしょう。

 ご紹介しました作品を展示している陳列台には、他にも墨吹の技法を用いて作られた作品が展示されておりますので、併せてお楽しみください。

 皆様のご来館を心よりお待ちしております。


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