学芸の小部屋

2006年3月号

  「染付 兎形皿 伊万里」 江戸時代(17世紀中葉)

 春が来るのが待ち遠しい今日この頃ですが、皆さまいかがお過ごしでしょうか。現在、当館では「館蔵 伊万里焼の茶道具と花器」、併設といたしまして「館蔵 古伊万里─酒器を愉しむ─」展を3月26日の日曜日まで開催しております。現在展示されている作品の中から、今回学芸の小部屋では「染付 兎形皿 伊万里」【江戸時代(17世紀中葉)、口径15.0㎝】をご紹介したいと思います。

 この作品は器いっぱいに兎が描かれているのが特徴で、皿の素地が薄く作られていることにより、全体的に華奢で可愛らしい印象を与えています。毛や髭の1本1本まで描かれている緻密さ、丸まった身体にピーンと伸ばした兎の耳、また陽刻文と呼ばれる素地の文様が浮かび上がるように施された装飾技法を使用することで、それらのバランスが上手く調和され、作品全体に大きな立体感を生み出し、表情豊かな奥深いものにしています。

 その昔、中国から「兎は明日の精なり。月中何か有る、白兎不老不死の薬を搗く」という伝説が日本へ伝わり、それが我が国では「月に兎がいて餅を搗く」となったと言われています。月と共に描かれた兎は、中国古来より「不老不死」「再生の象徴」と捉えられてきました。今回の作品「染付 兎形皿 伊万里」の兎も、どこか月の中で丸まっている、もしくは月と兎が一体化しているようにもみえます。それでいて兎の背中部分の青いコバルトの濃さと、兎の毛の白い色の明るさを対比させることによって、月の中でうずくまる兎の姿にどこか幻想的な雰囲気を持たせることに成功しています。

 このように動植物の文様がそのまま皿の形になった作品は変形皿と呼ばれており、茶道具として珍重された中国・古染付に先例が求められています。変形皿を製作する際、元々は皿や鉢を轆轤で成形し、生乾きの状態で型に被せて変形させる「型打成形」という技法を用いていましたが、17世紀中葉以降からは、轆轤ではなく粘土を板状に形成したものを型に被せ、変形させて作る「糸切成形」という技法へと変化していきました。この兎形の変形皿は前者の轆轤を用いた「型打成形」のため、同一の作品を大量に作ることを可能にしています。また、高台は素地を型に乗せたまま轆轤を回転させ、削り出すため円形となっています。

 自由な形に作られた変形皿は、左右対称を好まないとされている日本人の趣味と合致しており、この兎形変形皿上でもみられる兎の耳をピーンと長く伸ばす表現のような、日本独特の和風解釈を取り入れ製作されたこの作品は、中国・古染付の意匠と、日本独自の解釈とを上手く融合させることによって生まれた作品だと言えるでしょう。

 そろそろ気候も暖かくなってまいります。お出掛けの際にはぜひ当館までお立ち寄りいただき、江戸時代の茶人達が愛した茶道具と花器から伊万里焼のさまざまな表情を感じ取っていただければ、と思います。

 職員一同、お待ちしております。


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