すっかり秋の気配が漂い、過ごしやすくなってまいりました今日この頃ですが、みなさまいかがお過ごしでしょうか。当館では9月30日(土)より12月24日(日)まで、古伊万里に描かれている様々な動植物の意匠に焦点をあてた「古伊万里にみる花と動物たち」を開催しております。
100点余りの本展出展作品の中から今回の「学芸の小部屋」でご紹介いたしますのは「色絵 牡丹双蝶文 鉢 伊万里(古九谷様式)」[江戸時代(17世紀中葉) 高4.7㎝ 口径35.2㎝]です。
濃い色彩で牡丹の花と蕾、その周りを舞う二匹の蝶が器面いっぱいに描かれているこの平鉢は、古九谷様式のなかでもいわゆる「五彩手」と称される作風で、重厚な色合いが大胆な中にも高貴な雰囲気を漂わせています。牡丹の葉には緑だけでなく青、黄もアクセントとして使われ、口縁には染付の輪郭線が施されているなど非常に丁寧な作りが伺えます。裏面には唐草文が色絵の青によって描かれ、高台内に二重圏線と角福の銘が記されています。
牡丹はもともと中国で百花の王として好まれ、その容姿の豪華さ、絢爛さから富貴の花とされて吉祥文様として美術工芸品などに頻繁に描かれてきました。中国の陶磁器の影響を多分に受けてきた伊万里焼にも牡丹の文様はよく登場し、華やかな意匠で器面を彩っています。古くは薬用として栽培され、日本には奈良時代頃に伝わったとされており、『枕草子』や『蜻蛉日記』などにも牡丹の描写が見うけられます。また江戸時代には栽培が流行し人々の生活にも身近になったことが当時の園芸書から知られています。中国の吉祥文様であった牡丹は身近な植物となることによって日本独自の感覚も加味されつつ、さまざまな意匠として取り入れられ、人々を魅了してきました。牡丹とともに組み合わせて描かれる文様は、この作品に見られる蝶の他に、獅子、唐草などが代表的です。また牡丹の花は美人の例えにも用いられ、絶世の美人だったという楊貴妃が牡丹の花に例えられた話が伝わっています。その豊かな大輪の花はまさに美しさの表象という気がしてなりません。 今回ご紹介している作品の牡丹の描写に見られるくっきりした輪郭や力強い画風からは漢画の影響が見てとれます。漢画は、平安時代以降の日本の大和絵に対する呼称で、中国的な絵画や中国から伝来した絵画を意味します。牡丹も中国で重要とされてきた題材のひとつでした。こういった漢画の影響は「五彩手」の作品に特によく見られ、中には漢画をそのまま模した絵付がされた作品もあります。色絵技術の進歩によってこのような本格的な絵画的意匠がこの頃からよく見られるようになり、器がキャンパスとして本格的に機能していったと考えられます。器面をふたつに区切るかのようにすっと伸び、力強く堂々とした牡丹の蕾と大輪の花、鳥のような蝶はダイナミックで壮麗な古九谷の世界へと私たちを誘ってくれています。
芸術の秋、松濤の散策も気持ちのよい季節です。みなさまの秋のひとときに、どうぞ当館へお立ち寄りくださいますよう、職員一同、ご来館をお待ちしております。