学芸の小部屋

2006年11月号

「色絵 赤玉瓔珞文 鉢 伊万里」

江戸時代(17世紀末〜18世紀初)

 木の葉も色づきはじめ、もうすぐ紅葉が見頃ですね。秋も深まってまいりましたが、みなさまいかがお過ごしでしょうか。当館では12月24日(日)まで「古伊万里に見る花と動物たち」を開催しております。器面を彩る様々な動植物の文様を見ていると、その多様さから江戸時代の生活が垣間見えてくるようです。展示品の中から、今回の「学芸の小部屋」では「色絵 赤玉瓔珞文 鉢 伊万里」[江戸時代(17世紀末〜18世紀初)高6.1㎝ 口径12.8㎝ 高台径5.6㎝]を、麒麟の文様を中心にご紹介いたします。

 この作品は、見込みに染付で麒麟を描き、その周囲に赤玉と瓔珞を配し、外側には瑠璃地に金彩で宝相華唐草を描いた鉢です。中国で明代に景徳鎮民窯で焼かれた金襴手を模していると思われますが、この作品の外側のように、濃藍の地に金彩の唐草を配した例は中国には少なく、伊万里焼独自の工夫が見てとれます。また、高台二重圏線内に「奇玉宝鼎之珍」と二行で記しています。

 麒麟は、もともとは古代中国で誕生した想像上の動物です。龍、鳳凰、亀と共に「四霊」あるいは「四瑞」と呼ばれ、優れた為政者が出現する治世に姿を現す「瑞獣」とされてきました。鹿に似ていますが、一般的な鹿より大きく、牛の尾と馬の蹄をもち、頭には肉に覆われた一本の角があり、背中の毛は五彩で、体の毛は黄色と伝えられています。一般的に雄を麒、雌を麟と呼ぶとされていますが、反対に解釈される場合もあり、また雄雌あわせて麟と呼ばれる場合もあります。はじめは鹿に似た獣という程度の解釈だったようですが、次第にその姿に神秘性が加えられ、今日の麒麟像ができあがったようです。その他にも龍の鱗をもつと考えられていたり、声は音階に似ているとの言い伝えもあるなど、その姿は様々な特徴が混在して伝えられてきています。性格はとても優しく穏やかで殺生を好まず、そのため野山を駆ける時も草花や虫を踏まないので、文様としての麒麟はつま先で立って飛んでいるように描かれることが多くなっています。
 古代中国の歴史書とも言える書物『春秋』には「獲麟(かくりん)」と呼ばれる記事があり、麒麟が捕らえられたと記されています。そのことを知った孔子は、優れた王の治世ではないのに姿を現したために捕らえられたのだ、と嘆き悲しんだと言います。中国では、麒麟が現れると優れた王が出現し、世の中は平和で豊かになると考えられていたため、麒麟をはじめとする瑞獣はとても神聖な生き物とされていたのです。人々は豊かな世への願いを込めて、瑞獣を文様に描いてきたのでしょう。しかしこの作品に描かれている麒麟は、どこかコミカルな表情で、神聖というよりは可愛らしく、親しみをこめたように描かれています。これは古伊万里における動物の描き方の特徴でもあるでしょう。

麒麟は様々な動物の要素が組み合わされた姿が伝えられていますが、他の瑞獣である龍や鳳凰も各部位を実在する動物からとられています。また、この作品の外側に描かれた「宝相華」も様々な花の美しい部分を組み合わせて作られた空想上の花の文様です。極楽浄土や楽園に咲くと考えられ、その豪華なモチーフは装飾文様として仏教美術などに多く用いられました。このように、実際にある様々なものの部分を組み合わせて理想化し神聖さを強調した動物や植物を作り出す、というのは、人間の憧れや表敬の念を形にする手段なのかもしれません。

 一方で、身近で素朴な動植物の意匠もほっと心をなごませてくれる存在です。多種多様の文様たちが古伊万里の器面で繰り広げる物語を、自由に想像しながらお楽しみいただければ幸いです。

職員一同、ご来館をお待ちしています。

 


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