学芸の小部屋

2006年12月号

「染付 孔雀形香合 伊万里」

江戸時代(17世紀前期)

 2006年も残すところあと少しですね。毎日寒い日が続いていますが、皆様いかがお過ごしでしょうか。当館では 12月 24 日(日)まで「古伊万里にみる花と動物たち」展を開催しております。今展示では、個性豊かに描かれた動植物たちが器面上で繰り広げる物語をお楽しみいただける内容となっております。展示作品の中から今回は「染付 孔雀形香合 伊万里」〔江戸時代(17世紀前期)通高 7.2 ㎝ 長 9.3 ㎝〕をご紹介いたします。

  この作品は、香合を孔雀と思われる鳥の器形に成形した作品です。伊万里では食器と比べて茶道具はあまり制作されておらず、香合も多くは作られませんでしたが、その中でもいくつか優秀な作品が残されています。この作品は絵付も実に細かく丁寧で、白い磁膚に映える発色の良好な染付に銹を用いて一部アクセントを付けているのが特徴です。

 この作品の孔雀の形は「ヘラ削り」という技法を使い、凝った造形を作り出しています。ヘラ削りとは、手びねり(轆轤や型を用いずに、手を使って器を成形する技法)や型を使って大まかな形を作った後、ヘラで土を削り取りながら成形していく技法です。この技法は、食器以外に茶碗や水指、茶入など茶道具を作る際にも多用されてきました。型打成形(轆轤で作った器に型を押し当てて成形する技法)では角度などに限界があるため表現が制限されてしまう場合がありますが、ヘラ削りはヘラを使って自由に彫刻ができるため細かく複雑な器形も作れるのです。しかし、彫刻的な技法であるため鳥や人など立体的な造形には適していますが、手間がかかるため量産することができないという難点があります。そのため、現在残っている作品も少なく、この孔雀形香合も大変貴重な作品だといえるでしょう。

 香は中国を経て仏教文化と共に6世紀に日本へ上陸したと言われています。始めは仏前を清めるために用いられていましたが、そのうちに上流階級の人々の間で衣服や部屋に香を焚きしめる行為が流行していったことが契機となり、次第に一般民衆にも浸透していったと考えられています。

 茶道において茶を 点てる ( た ) 際に、茶室や人の心を清らかな状態へと変化させる香は大変重要な存在です。そのため香合もまた、茶道には欠かせない重要なものであり、趣味性の高い造形は目にも美しく私達を楽しませてくれます。江戸時代の香合は変形のものが数多く作られており、鳥や蝶など自然界の生き物が立体的に表現されていました。また、江戸時代に使用されていた香合の種類では、漆器や陶磁器のものが一般的だったようです。陶磁器の香合は、香木のような天然のものではなく「練香(ねりこう)」という、人間の手によって沈香をベースに香料や蜜蝋などを合成し、練り固めて作られる香を入れるために使用されていました。

  この作品は、いわゆる初期伊万里と呼ばれる様式の一群に分類されている17世紀前期に制作された作品です。「口縁」と呼ばれる器の縁部分に銹を塗って焼成するとその部分は茶色く変色します。そのようにして、いわゆる 上手 ( じょうて ) の作品には、銹が用いられていることが多く、この香合にも孔雀のくちばしの上部にアクセントとして使用されており、視点をその部分へ集中させると同時に、何とも可愛らしさを醸し出しているといえるでしょう。

 来年1月6日(土)からは新春展示として「古九谷〜謎を秘めた躍動美〜」展の開催を予定しております。本年と同様に、来年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

職員一同、皆様のご来館をお待ちしております。

 


財団法人 戸栗美術館

Copyright(c) Toguri Museum. All rights reserved.
※画像の無断転送、転写を禁止致します。
公益財団法人 戸栗美術館