まだまだ寒い日が続いておりますが、晴れた日には梅の花の香りがふんわりと風にのって運ばれてくると未だ訪れぬ春を期待してしまいますね。皆様、いかがお過ごしでしょうか。現在、当館では2月28日(水)まで「古九谷〜謎を秘めた躍動美〜」展を開催しております。江戸時代(17世紀中葉)に焼成された伊万里焼の中でも古九谷様式と称される一群は、大胆な絵付の描写と濃厚な色彩で人々を魅了してきました。また、今展示の副タイトルにもみられるように古九谷様式の作品には未だ解明されていない謎と浪漫が隠されており、それらは人々の興味をそそる点だといえます。
そのような古九谷作品の中から今回、学芸の小部屋でご紹介するのは「蕎麦釉 下り藤文 皿 伊万里」(江戸時代〔17世紀中葉〕 高 1.9 ㎝ 口径 21.5 ㎝)という作品です。この作品は5枚組の組食器で、深い緑色が落ち着いた雰囲気を醸し出しており、みる者を圧倒する強さというよりは、上品な印象を与える作品だといえます。
見込みには、蕎麦釉を塗り白く抜いた窓に 銹釉 ( さびゆう ) と染付で藤文を描いています。そして 鐔 ( つば ) 縁 ( ぶち ) と呼ばれる刀の鐔の部分に似た外側に向かって並行に折れ曲がった縁には、瑠璃釉を塗り、銹釉で竹の葉を描き、同時に口紅を施しています。裏面にも、蕎麦釉が丁寧に塗られており、目跡と呼ばれる焼成跡を3ヶ所残しています。
やきものを語る際に欠かせないのが、釉薬の存在です。釉薬とは、焼成されて溶けるとガラス質に変化する化合物で、江戸時代に使用された釉薬は主に灰を水に溶かしたものが使用されていました。釉薬を使用する利点として、やきものを強化し、水を浸透させない点の他、器の表面を滑らかにし、ただ素焼きしただけの場合よりも色絵の文様を描き易くするといった点が挙げられます。釉薬を素焼きした作品に使う場合、浸し掛け、流し掛け、吹き掛け、塗り掛けなど、さまざまな方法があります。また、透明の釉薬に着色剤を添加すると、瑠璃釉や青磁釉、黒釉と呼ばれる色の付いた釉薬が出来上がるのです。
そこで今回の作品に使用されている蕎麦釉ですが、この釉薬は釉薬の中でもあまり広く知られておらず、蕎麦釉が使われている伊万里焼は珍しいといえます。蕎麦釉とは日本で使われている呼び名で、蕎麦釉が塗られた磁膚の色が蕎麦の実の色と似ていることからこのような呼び方がされるようになったと言われています。また、中国では別名 茶葉末 ( ちゃようまつ ) 釉とも呼ばれています。蕎麦釉は、黄と緑が入り交じった光沢の少ない不透明な釉薬です。中国の唐の時代から用いられ始め、焼かれている窯によって微妙に色が異なり、色の異なりによって異称が唱えられていました。当時、伊万里焼が焼成していた際に手本として倣っていた中国陶磁が焼かれていた窯で、現在も稼働している 景徳鎮 ( けいとくちん ) 窯という名前の窯があります。その景徳鎮窯では江戸時代に蕎麦釉を使った磁器が盛んに作られていたといいます。
今回の展示では、この蕎麦釉を使った作品を始め、さまざまな釉薬が1つの作品に掛け分けられている作品や、茶色い銹釉や、藍色の美しい瑠璃釉が使われた作品など多数展示しております。また、今回ご紹介の作品に描かれている藤文は、面白いことに5枚中4枚は作品名の通り、垂れ下がったように描かれているのですが、1枚だけ下り藤が「上り藤」になって描かれています。このように、うつわに描かれているモチーフに焦点を合わせて作品鑑賞するのも面白いですが、時にはモチーフを際立たせる釉薬に視点を合わせて鑑賞するのもまた面白いのではないでしょうか。
職員一同、皆様のご来館をお待ちしております。