学芸の小部屋

2007年6月号

「染付 樓閣山水蘆雁文 水指 伊万里」

江戸時代(17世紀前期)

 雨のおかげで、ラウンジから見える庭の緑も一層色鮮やかになってまいりましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか。現在当館では「開館20周年記念 戸栗美術館名品展Ⅰ−古伊万里・江戸時代の技と美−」と題しまして、古伊万里の名品を集めた展覧会を行っております。6月24日まで開催ということで、残すところあと1ヶ月となりました。皆様是非お越し下さい。

 さて、今月の学芸の小部屋では、現在出展中の作品の中から『染付 樓閣山水蘆雁文 水指 伊万里』[江戸時代(17世紀前期) 高:16.1cm 口径:12.8cm 高台径:10.0cm]をご紹介いたします。胴を軽く押さえた器形で、縁部分を丸い花唐草文で囲み、胴部には山に聳(そび)える樓閣(ろうかく)と反対側に蘆雁(ろがん)文を染付で描いた水指です。

 茶道具は主に陶器が用いられ、伊万里焼にはあまりみられません。表面がつややかで、華やかな色彩の染付や色絵が、侘び寂びの精神と一致しなかったからでしょうか。あるいは比較的薄手の器形は熱を通しやすく、熱いお茶を入れて味わうには適さなかったからとも考えられます。しかし、そのなかでも水指には比較的作例があり、優品も多くあります。今回ご紹介するこの水指もその例に漏れず、戸栗美術館で長年にわたって大事に所蔵されてきた名品のひとつです。現在の展示ではこの初期伊万里の作品を中心に、江戸時代中葉・江戸時代後期の水指を並べておりますので、それぞれの作品の魅力はもちろんのこと、時代によって異なる作風もご覧いただけるようになっております。

 この水指の見どころと言えば、やはり樓閣山水文といえるのではないでしょうか。染付の濃淡だけを用いて峨々(がが)たる山と屹立(きつりつ)する樓閣を描いているさまは、「文様」という域を超えて、まるで水墨画ともいえるほどに気韻生動を感じさせます。太い輪郭線で縁取った山の稜線から、内側に向かって次第に薄い濃みで塗り込めて陰影をつけたり、岩の凸凹や針葉樹の葉先まで丁寧に描き込んだ険しく鋭角的な風景は、見れば見るほど引き込まれていくようです。

 しかしひとたび横に回ってみると、山水文からは想像できないような風景が広がっています。遠くに山を望む水辺を鳥がきれいな列をなして飛び、そのほとりには毛繕いでもしているのでしょうか、雁が三羽のどかにたたずんでいます。さらに船に乗った人物文も描かれているのが見てとれます。背景の山から列をなして飛ぶ鳥、そして水辺の廬雁にかけて全体的に斜めの構図を取っており、バランスの良い構成となっています。すべて余白であらわされた水と空の部分は、境界線がない分奥行きが感じられ、ゆったりと時間が流れる空間を作り出しているといえるでしょう。これらの描写は絵付け師の意図したところなのか、はたまた結果的なものなのは想像するしかありませんが、いずれにせよ、きっとこの水指は鑑賞する器として多くの茶人たちを魅了してきたのでしょう。
 鋭く厳格な山水文と穏やかで心安らぐ廬雁文。対称的に描かれているからこそ、互いが相手を引き立て合い、魅力的な作品に仕上がっているのではないでしょうか。また写真ではわかりづらいかも知れませんが、この作品の高さは16.1cm。20㎝にも満たない小さな器面に描かれた深淵な世界を是非ご覧下さいませ。

 来月7月1日からは、「戸栗美術館名品展Ⅱ−中国・朝鮮陶磁−」と題しまして、当館所蔵の中国および朝鮮陶磁の名品から選りすぐって展示する予定となっております。学芸の小部屋でもそれらの紹介を随時更新してまいりますので、どうぞご期待下さいませ。



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