一雨欲しいこの頃ですが、みなさまいかがお過ごしでしょうか。当館では開館20周年を記念して、今年の4月より一年間にわたって名品展を4回開催いたします。現在はその第二弾といたしまして、7月1日(日)から9月24日(月・祝)まで中国・朝鮮陶磁の名品展を開催しております。当館所蔵の中国・朝鮮陶磁が一堂に会するのはなんと13年ぶりとなります。この機会に是非ご覧下さいませ。
さて今回ご紹介いたしますのは、現在開催中の名品展Ⅱのポスターやチラシに大きく掲載されております『釉裏紅 菊唐草文 瓶 景徳鎮窯』[(元時代末〜明時代初 14世紀後半)高32.2cm 口径8.7cm 高台径12.0cm]です。この作品は、戸栗美術館が所蔵する中国作品のなかでも三つの指に入る名品です。
ここ何十年の間に研究が進み、洪武様式という様式が確立しました。それは元時代から明時代への作風の過渡期にあたる作品群を指しますが、この作品もその洪武様式の特徴をよく示しています。
まず文様をみていくと、上から口縁内に蔓(つる)唐草文、頸部には蕉葉文・雷文・唐草文、肩部に如意頭(にょいとう)繋ぎ文、胴裾にはラマ式蓮弁文、高台部分にも唐草文を配しています。主文として胴部に四輪の花をめぐらせた菊唐草文を釉裏紅で描き、各花の脇には二個ずつ蕾を置いています。頸部、胴部、胴裾部分を唐草文様やラマ式蓮弁文などの文様帯で分けるなど、文様の選択や配置は元時代によく見られるものです。しかし、厳格な筆致が表現する力強さが大きな特徴である元時代の作品に比べると、やや肩の力が和らいで、柔らかな曲線からは優美さが感じられます。また、花心を楕円に描いてその半分を塗った独特な菊花も特徴的な描写です。つまりこの瓶は、元時代の作風を脱皮しており、かつ明時代を代表する特徴にも当てはまらない洪武様式の特徴をよく示しているのです。洪武様式の作例は現在のところ非常に少ないということからも、貴重な作例ということができるでしょう。ちなみに形や文様構成の似た作品が数例知られていますが、それらは牡丹唐草文を主文としたものです。歪みのない玉壺春(ぎょっこしゅん)形の瓶で、欠落しやすい口部も作られた当時の完全な姿のまま残っています。今回の展示では元時代の青花も出展いたしますので、その作風の変化をたどり、違いを見つけることも一つの見どころかもしれません。
日本でいう染付を中国では青花と呼びます。これはコバルト顔料で文様を描き、焼成して藍色を出すものです。こちらの釉裏紅は日本で辰砂と呼ばれる技法で、コバルト顔料の代わりに銅を呈色剤として用いて赤い色を発色させます。同じ赤い色でも、釉の上に鮮やかな絵付けが施される五彩の赤色とは異なり、釉裏紅はその名のとおり釉の裏(下)に描かれることで、器面になじんで落ちついた色味を呈します。本格的な釉裏紅は元時代後期の14世紀前半に、青花とほぼ同時期に景徳鎮窯で開発されました。青花はその後も、文様描写の基礎となって幅広く用いられますが、釉裏紅は焼成技術が難しいためにあまり発展することなく、作品の一部に少しばかり用いられるほどに衰退してしまいます。しかしなかでも洪武年間では釉裏紅が多く使われています。その理由は諸説ありますが、当時青花の原料となるコバルトが中国へなかなか入ってこなかったために代用として釉裏紅が使われた、からともいわれています。しかしいずれにせよこの釉裏紅独特の渋い赤色は、器面に幻想的な雰囲気を加え、現在でも多くの人々を魅了しています。
今回の展示ではこの作品と同じ形で、同じ文様構成を青花で描いた『青花 菊唐草文 瓶 景徳鎮窯』[(元時代末〜明時代初 14世紀後半)高31.2cm 口径5.8cm 高台径11.8cm]も展示しております。同じ形状でも色が異なるだけで、受ける印象がまったく違います。青花と釉裏紅が醸し出すそれぞれの美しさをどうぞご堪能くださいませ。