立秋とは名ばかりの暑さが続いておりますが、皆様いかがお過ごしでしょうか。当館では引き続き、9月24日(月祝)まで『開館20周年記念 戸栗美術館名品展Ⅱ —中国・朝鮮陶磁—』を開催しております。13年ぶりに一堂に会する中国・朝鮮陶磁をこの機会にどうぞご覧下さい。
さて、今回ご紹介いたしますのは、『粉青沙器鉄絵 魚文 俵壺』[李朝時代(15〜16世紀)長:23.9cm]です。胴部に大きく描かれた魚文、その両側面には花文を、高台部分には水草と思われる文様を描いた俵の形をした粉青沙器の壺です。粉青沙器とは「粉粧灰青沙器(ふんしょうかいせいさき)」の略語で、李朝時代の15〜16世紀にかけて作られた、『白化粧を施した上に青磁釉を掛けた陶器』を意味します。日本では古来より「三島手」と呼ばれて愛されてきました。この作品は素地に刷毛で白化粧を施し、その上に鉄絵具で魚文を描き、さらに青磁釉を薄く掛けて焼成した粉青鉄絵という技法です。画像では少しわかりづらいかもしれませんが、近くに寄って見てみると、白化粧の部分にわずかに青味がかっているのを確認することができます。このような粉青鉄絵を生産する窯がちょうど韓国忠清南道にある鶏龍山の東側に散在することから、日本では俗に「鶏龍山」と呼ばれています。
太い線で思い切り良く描かれた魚文は、鶏龍山の粉青鉄絵に施される代表的な文様といえるでしょう。この作品のみならず、鶏龍山に描かれる魚はわずかに頭部を下げた構図で、上下に大きく開かれた尾びれと背びれを持ち、尖った口からは放射線状に線が描かれているのが特徴です。中国語では魚を「ユィ」と発音し、「余(余る)」「玉(玉のような子供)」と同音であることから財福と子孫繁栄を意味し、また多くの卵を産むため豊饒多産の象徴とされています。日本でも、波間を飛び跳ねる鯉を描いた「荒磯文様」を吉祥のしるしとして描いていることからも、朝鮮にもおいても魚が吉祥文様として考えられていたと思われます。特に鶏龍山に描かれる魚はユーモラスで、観る者の心を和ませてくれます。
横長の壺は俵壺と称されます。作り方は、まず向かって右側面を高台とする長細い筒形を轆轤で成形し、その蓋として同じく轆轤で皿形を作り、筒形に被せてくっつけます。それを横にして口部となる穴を器の上部にあけ、下には高台をつけて完成です。粉青沙器ではこのような俵壺のほか、球体をつぶした形の扁壺、しずくのような形の玉壺春形の瓶など立体物が多くみられます。この俵壺は祭祀用の酒器として用いられていたと思われます。日本にも伝えられ、花入などとして用いられました。
朝鮮陶磁のひとつの大きな特徴として、五彩(日本でいう色絵)がない、という点が挙げられます。節用を重んじた朝鮮王朝が敢えて用いなかったから、もしくは上絵具の原料が手に入らなかったからなど、その理由は諸説唱えられています。しかしその代わりに高麗青磁には彫りのみならず象嵌による文様表現が生まれ、それが粉青沙器の印花・刷毛目・粉引きなど多岐にわたる技法へと繋がっていきます。また白磁に施される文様表現も、青花だけでなく辰砂や鉄絵などの技法が磨かれていきました。成形における歪みや白土装飾の粗い刷毛目、文様描写のはみ出しなどは一切気にしない大らかな作りには深い味わいがあり、見ていてほっとするような素朴な優しさが感じられます。
今展示では、第3室を朝鮮陶磁の部屋として、高麗時代から李朝時代の作品を28点展示しております。高麗青磁や粉青沙器、白磁や青花などさまざまな技法や多岐にわたる文様ををご覧いただき、中国陶磁とは一味違う、魅力あふれる朝鮮陶磁を是非お楽しみ下さい。