学芸の小部屋

2007年9月号

「青磁 蓮牡丹文 獅子鈕水注 耀州窯」

北宋~金時代(12世紀)

 9月になっても残暑が続いておりますが、皆様いかがお過ごしでしょうか。7月1日から開催しております『開館20周年記念 戸栗美術館名品展Ⅱ—中国・朝鮮陶磁—』も残すところあと 1 ヶ月となりました。中国・朝鮮陶磁が一堂に会するのは13年ぶりです。皆様この機会に是非御来館ください。

 今回ご紹介いたしますのは、『青磁 蓮牡丹文 獅子 鈕 ( ちゅう ) 水注  耀州 ( ようしゅう ) 窯』 [ 北宋〜金時代( 12 世紀) 通高 13.1cm] です。獅子に 象 ( かたど ) られた鈕の蓋を載せ、胴部に縦の窪みをつけて六面の瓜形とし、さらに各面を上下二段に分けて上段に三葉文、下段には蓮と牡丹が交互に彫られている水注です。全体に深い緑色を呈した青磁釉がかけられており、彫りによって生まれた美しいグラデーションが味わいを増しています。

 この水注が制作されたのは中国 陜西 ( せんせい ) 省 黄堡鎮 ( こうほちん ) にあり、唐時代から元末明初まで活躍した耀州窯という窯です。宋時代の前の五代時代に耀州に属していたことから、黄堡鎮の窯を耀州窯と呼ぶようになりました。

 唐時代は貴族政治によって華やかなものが好まれ、唐三彩などで墓を飾り立てることが競って行われていましたが、宋時代になるとそのような政治とはうってかわり、教養高い知識人たちによる文治政治が行われ、書画や思想など文化が大きく発展しました。やきものもその例にもれず、青磁や白磁・黒釉など、単色の中に美しさを見いだす新しい美意識の下で、 定 ( てい ) 窯・ 汝 ( じょ ) 窯・ 鈞 ( きん ) 窯など各地で新しい窯が生まれ、名品が多く作り出されました。

 耀州窯といえば、この水注のような青磁を連想される方も多いと思いますが、実は青磁以外にも三彩や黒釉、 澱青釉 ( でんせいゆう ) など、約20種類にも及ぶ様々な色釉を作り出した窯でもあるのです。唐時代末期より青磁生産が中心となり、宋時代に最盛期を迎えます。

 耀州窯青磁の大きな特徴は、釉の色と文様の彫り方にみられます。まず釉の色についてですが、この水注のような釉の色を俗にオリーブグリーンと称しています。青磁の色は、釉の中に含まれる微量の鉄分や燃料、窯の状態など、様々な条件下で左右されます。初期の耀州窯青磁はこの水注に比べ淡く灰味を帯びた青色ですが、次第にこの水注のように濃く黄味を帯びるようになります。この主たる背景には燃料の変化が挙げられます。唐時代から五代時代までは薪を使用していましたが、中国南部に比べて薪が乏しい北方地方では、宋代になるとついに薪の入手が困難となってしまいます。そこで工匠たちは、それまでも日常的に煮炊きや暖を取るために使用していた石炭を、薪に代わるやきものの燃料として使うことに着目したのです。そしてこの変化に伴い、窯も石炭に適した 饅頭 ( まんとう ) 窯 ( かま ) という構造に改良されていきました。青磁とはもともと玉を目指して作られたとされていますが、この深い青緑色はまさに玉のようなつやを備え、その目的を達成したともいえるのではないでしょうか。

 水注の胴部に施された牡丹や蓮の文様は、通常の線刻とは異なって文様が浮かび上がって見えます。この性質に最も適した文様は彫り文様であり、耀州窯はこの彫りによる装飾技術を得意とし、大きく発展させました。これは片切り彫りという技法によるもので、文様の際が最も深くなるように、 鑿 ( のみ ) の刃先を文様側に傾けて彫り込む技法です。彫りの深浅によって釉溜まりにも変化が生まれ、深く彫られた部分には釉が厚く溜まることで色が濃くなり、青磁釉の美しいグラデーションが浮かび上がります。白磁にも施された例がありますが、やはり色の変化が顕著に現れる青磁において発展しました。また花弁や葉の中に施されているのは 櫛 ( くし ) 掻きという彫り文様です。文字通り櫛で掻くように彫っていくのですが、これはただ余白部分を埋めるだけではなく、片切り彫りによって重厚感が漂う器面に躍動感を与える役目も果たしているともいえるでしょう。

 前述したように、耀州窯は唐時代に三彩の建築物や俑を中心として焼造しており、北宋時代から元時代に至っても、青磁の俑や獅子や龍などを象った瓶や香炉を数多く作っています。この水注もその一例といえ、蓋の鈕を獅子に象っています。ここで特徴的なのは、中国において百獣の王として権力と威厳を象徴する獅子が、この水注ではどちらかというとユーモラスな姿をしているという点です。水注を守ろうとしているのでしょうか、一生懸命踏ん張り、口をいっぱいに開いて牙をむいていますが、その顔は少しひしゃげたようで思わず微笑んでしまいます。

 このように作品一つを取りあげても見どころがたくさんあります。じっくりとご覧になって、お気に入りの一品を見つけていただければ幸いでございます。

 職員一同、皆様の御来館を心よりお待ちしております。
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