学芸の小部屋

2007年10月号

「染付 花唐草鳳凰文 菊花鉢 伊万里」

江戸時代(18世紀初期)

 だいぶ日が短くなってまいりました今日この頃ですが、皆様いかがお過ごしでしょうか。当館では、9月末に展示替えをいたしまして、10月2日(火)より『戸栗美術館 開館20周年記念特別展 からくさ−中島誠之助コレクション−』を開催しております。中島氏といえば、多くの著作を出し、テレビや雑誌などでおなじみの存在ですが、以前は骨董屋の主人として骨董界に名を轟かせていました。
 中島氏のコレクションの大部分は染付磁器を占めており、その中でも唐草文様が描かれたものが多くあります。今回の展示では、「たこ唐草」「花唐草」などと呼ばれ親しまれた唐草文様のうつわのほか、江戸時代独特のユーモアあふれる大胆な文様が描かれた染付磁器をご紹介いたします。皆様是非ご覧下さい。
 さて今回ご紹介いたしますのは、今展示のメインの作品である『染付 花唐草鳳凰文 菊花鉢 伊万里』[江戸時代(18世紀初期) 口径34.0cm]です。見込みには岩場に止まり羽を休める鳳凰と、背景にはさまざまな木々や草花が描かれています。その周りを彫りで菊の花びらのような鎬文様を表し、さらにその外側を獅子花唐草文で囲っています。口縁部分にも縁銹(ふちさび)が施されており、手の込んだうつわです。

 細い線書きで蔓(つる)を伸ばし、そこから一枚ずつ大きな葉と小さな葉が生え、その先端には牡丹の花が開く、というようにすべての葉と花は枝分かれした細い蔓で繋がっています。とても丁寧に書き込まれた花唐草の状態からすると、おそらく17世紀末〜18世紀の初期に作られたうつわだと考えられます。細やかな曲線でリズミカルに描かれる花唐草と戯れているかのようなかわいらしい獅子文は、「獅子牡丹文」としての組み合わせとして一般的な文様です。牡丹の花と獅子が交互にバランスよく配置されています。

 見込みの鳳凰は獲物をねらっているかのように厳しい表情をし、尾っぽを逆立てています。一般的な鳳凰とは異なる、シャープな出で立ちをしためずらしい鳳凰文です。後ろに描かれているのは牡丹と思われる花や蕾をつけた木やヤツデのような草、六つに裂けた葉を持ってまっすぐ伸びる草など種類も豊富です。染付の濃淡を巧みに使って描かれています。

 私の個人的な感想ですが、実はこの作品、写真と実物で印象がまったく違います。その違いにあまりにも驚いたものですから、ここではその顛末を書かせていただきたいと思います。
 今回の展示では作品を全て中島氏からお借りするということなので、ポスターデザインから展示計画などは全て実物を見ない段階でスタートしました。このうつわの写真を眺めていた時は、「この作品は薄くて繊細そうだな」と想像していました。染付の発色も美しく彫り文様も丁寧で、かなり上手のものです。きっととっておきの祝いの席などのために大事に使われてきたのでしょう。しかしメインの作品にするにはパンチが足りないかな?と考えたりもしました。

 9月某日、待ちにまった作品搬入の日。長野からトラックに乗ってはるばるやってきた作品を全て搬入し終わると、いの一番にこのうつわの箱を探し出し、拝見させていただきました。その場にいた人々(もちろん私を含め)からは、一斉に「ほぉー」というため息。やはり、美しいものを見ると自然と笑みがこぼれるものですね。写真で飽きるほど見ていたはずなのに、目の前にあるうつわは全く以て初めて見るものでした。薄手でありながらずっしりとした重量感、思ったよりも丸く深さのある立ち上がり部分。彫りの窪み部分のかすかに青く発色した釉溜まりや、白い素地に映えた鮮やかな染付。繊細というよりもむしろ力強ささえ感じられます。これだけの見どころがあれば、メインの作品として充分にその存在感を発揮してくれるでしょう。

 このように、このうつわは良い意味でわたしの想像を覆してくれました。
 みなさまも、HPやポスター・チラシでじっくりとこのうつわをご覧いただいた上で、是非実物を観察してみてください。きっとその違いに驚かれると思います。

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