今年もあっという間に師走となりましたが、みなさまいかがお過ごしでしょうか。最近では庭にお行儀よく並ぶ田の神さまたちも、吹きすさぶ北風に心なしか寒そうに見えます。当館では引き続いて12月24日(月祝)まで、『戸栗美術館 開館20周年記念 特別展 からくさ—中島誠之助コレクション—』を開催しております。なにかと気忙しい季節ではありますが、静かな空間のなかでほっと一息ついていただき、中島誠之助氏愛蔵の染付伊万里を心ゆくまでご堪能ください。
今回ご紹介いたしますのは『染付 網目文 鉢 伊万里』[江戸時代(18世紀末〜19世紀初)](口径:28.0cm 高:10.0cm)です。鐔状に反り返った縁を持ち、見込み中心部から外側に向かって一面に広がる網目文を描いた鉢。鉢の形に合わせて、網目文がしなやかに伸びてふくらむ様子が描かれています。内側の網目文はそのまま外側に繋がり、うつわ全体をやさしく包み込むように表現されています。さらに外側底部には銹で一圏線を引き、その下には濃いダミ染めで描かれた魚が数匹網をかいくぐるかのように泳ぎまわり、さらにその下には水を連想させる波文が巡らされています。高台は蛇の目高台です。このうつわは単体のケースで展示しておりますので、一周まわって上から下から、じっくりと観察していただきたい作品です。
さて、網目文と聞いてもあまりピンと来ない方もいらっしゃるかと思います。実は私自身もそうでした。しかし、ただの網目だと思っていても、見れば見るほどモチーフの魅力が増していったのです。
丹念に観察してみると、網目文にも異なる描写方法があることがわかります。この鉢に描かれている網目は、網が交差する部分にわずかながらすき間が見え、太さにもバラつきがあります。一方、網目文の他の作品として『染付 網目文 皿 伊万里』[江戸時代(19世紀)](口径:45.5cm)を展示しておりますが、こちらの網目文は細い均一な線で、全く隙間無くぴっちりと精緻に描かれています。このような網目文様は、現在ならばパソコンで簡単に作り出せてしまいますが、江戸時代の職人さんは、口径が45.5cmもあるこの大皿に一体どうやって手描き描き出すことができたのだろうか、と不思議な気持ちにさせられてしまうほどです。近くで見ると絡み合う網目文ですが、遠目で見ると無数の弧がうごめくように器面を埋め尽くしている様が浮かび上がります。
鉢の方はゆったりとした様子が自然で、さらに底部には魚文、さらに下には波文が描かれていますから、実際に漁に用いる網を表現したものと考えられます。それに比べて大皿の網目文は寸分の狂いも無いことから、実物の網を表現したというよりは、一定のリズムをもって繰り返す連続文様としての線の面白さ、構図の面白さを表現したのではないでしょうか。
そもそもやきものに描かれる網目文は中国の古染付に見られます。古染付とは、中国の明時代末期から清時代の初期にかけて景徳鎮の民窯で生産された染付磁器のことですが、これに魚文と網目文の組み合わせがよく見られます。中国では魚は「福」と同じ発音であり、また卵をたくさん産むことから子孫繁栄などのおめでたい意味を持つ吉祥文として描かれています。それを考慮すると、その魚を絡め取る網目文もまた縁起物として捉えられていたと考えられます。日本に伝わると次第にその吉祥の意味は薄らいでしまいますが、逆にその構図に着目されるようになったのでしょう。こういった例では他に矢羽根文なども挙げられます。