学芸の小部屋

2008年2月号

「色絵 柴垣桜花波濤文 鍋島」

江戸時代(17世紀末〜18世紀初)

 余寒お見舞い申し上げます。
 戸栗美術館では、今月も引き続き「開館20周年記念 戸栗美術館名品展 鍋島—至宝の磁器・創出された美—」を開催しております(日程などの詳細は展示案内をご覧ください)。17世紀前半につくられた初期の鍋島焼から、17世紀末~18世紀初頭につくられた盛期のものまでを展示しております。当館の皿立てを総動員した甲斐あって、整然と屹立した100点近くのうつわは迫力さえも醸し出しています。

 今回ご紹介いたしますのは、『色絵 柴垣桜花波濤文 鍋島』[江戸時代(17世紀末~18世紀初)][口径19.7cmです。染付で波濤(はとう)文と柴垣文を描き、赤の上絵具で桜花文を散らした七寸皿です。丸い器形に合わせて、中心の波濤文と周囲の柴垣文を放射状に配置した面白い構成です。上絵具は珍しく赤一色のみですが、散らし文様風に描かれた桜花文は全体を引き締めるアクセントにもなっています。五弁の花びらを持ち、細かいしべをたくさんつけた花は桜花文として描かれるパターンです。それも植物図鑑を写したかのように写生風に描かれる場合もあり、一方で花は桜であるが葉や幹は別の植物、などというような描き方をする例も見られます。この作品はまた異なり、桜は花部分だけを用い、波濤文と組み合わせてまるで激しい川の流れに飲み込まれるかのような様子が描かれています。


 一番外側の柴垣文部分には墨弾き(すみはじき)の技法を用いています。墨弾きとは、細かい白抜き文様を表現する際によく使われる、しかも鍋島焼お得意の技法です。まず素地に墨で、白抜きとなる部分を描きます。その上から染付のダミを全体に塗ります。そして、透明釉を掛ける前に空焼きします。すると、墨の部分だけが焼かれて消え飛んでしまいます。染付だけが定着し、墨が弾かれた部分は白く残る。染付線で描くよりも空焼きをする分手間のかかる技法ですが、藍地に白抜きの端正な文様が表現できます。この技法は地文部分となる青海波(せいがいは)文、紗綾(さや)形文、麻葉文などによく用いられます。このうつわでは、作品名によると柴垣文様であるといいますが、どうでしょうか、つややかな器面と相俟って水しぶきにも見えませんか?

 さて鍋島焼の特徴のひとつである木盃形。少し深さがあり、ぽってりとしたその形からは重量感が想像できるかと思います。しかし実際に手に取ってみると想像よりも軽いものであることがわかります(初期のものはさらに軽いのです)。この木盃形はサイズの規格も定められており、三寸(約9cm)、五寸(約15cm)、七寸(約21cm)、尺(約30cm)に沿っています。しかし現代のように機械でガチャンとつくるわけではありません。一つひとつ轆轤(ろくろ)で引いて成形するだけでなく、その後型にあてて形を整えます(型打ち成形といいます)。さらに、素焼きと本焼き。ちなみにやきものは焼成すると約2割縮んでしまいます。それを考慮にいれて計算しても、窯内の火の状態や素地の状態によってどうしても誤差は免れることができず、ものによっては5㎜程度生じてしまう場合もあります。一つひとつ異なる味わい。これこそが、手作りならではの持ち味です。わずかな誤差も許さず機械できっちり成形され、文様をペタッと貼り付けた“全く同じもの”をごく当たり前に使って生活している私たちには少し違和感があるかも知れません。しかしこういったものに触れ、つくった人のぬくもりを感じるということは現代の私たちには新鮮なことですし、とても必要なことではないでしょうか。

 江戸時代の最先端の技術を以てつくられた鍋島焼ですが、逆に現代の私たちにとっては手作りの持ち味を発見するきっかけともなります。さて皆さんなら、この「鍋島」展をどうご覧になりますか?

 寒い季節ではありますが、職員一同、皆様の御来館をお待ちしております。
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