梅の花も咲き終わり、そろそろ本格的な春の準備に入ったという頃でしょうか。みなさまはいかがお過ごしでしょうか。開館20周年記念名品展の最後となる『鍋島—至宝の磁器・創出された美—』展も、早いもので最終月となってしまいました。将軍家への献上品という特別な役割をもった鍋島焼は、伊万里焼とは異なるピンと張りつめた緊張感を漂わせています。非日常の世界をご堪能いただきたく思います。
今回は、鍋島焼の変形皿です。
この『色絵 牡丹文 変形皿 鍋島』[江戸時代(17世紀後半)高:3.6cm 口径:17.6×12.4cm 高台径:10.2cm]は、型押しによって成形された変形小皿で、見込み全体には薄瑠璃(うするり)釉を使った牡丹の花と、緑の上絵具で彩った葉を描いています。薄瑠璃釉とその周辺の輪郭を赤線で引く方法は、初期鍋島独特のもの。表面のつややかな釉調からは、見事に咲き誇った牡丹の花のみずみずしさが溢れ出てくるようです。ちなみに現在展示中の作品の中に、同じ牡丹花の変形皿でも全く異なる印象のうつわがあります。それはいわゆる“蟹牡丹”といって、中心に蟹の身体に見立てた牡丹の花を据えて、その周りをハサミに見立てた大きな葉で取り囲むというデフォルメされた意匠です。牡丹であって牡丹でないような、不思議なデザインです。それに対して、この牡丹はより“本物”らしく表現されています。(この場合の「本物」とは、植物の牡丹の花そのものを指しています。)その“本物”らしさは何なのか、について今回はこの作品をじっくり観察してみたいと思います。
牡丹の花そのままの意匠の、じつに優美な変形皿。豊かに花びらをつけた一輪の牡丹は、つややかな釉調をもってきらきらと光りを反射させています。高台が楕円形をしていることから、轆轤を用いず型にあてて成形する“糸切り成形”の技法を用いたものと判ります。全体的に薄造りですが、柔らかく外に広がった口縁付近はさらに薄く、イレギュラーな凹凸が作られており、繊細な花びらがひるがえって波打つ様子を表しています。またそこに施された薄瑠璃釉には、口縁部から中心に向かって、むらむらとしたグラデーションがかけられています。器面を均一に塗りつぶさずに濃淡をつけることで、光を透かす花びらを表現しているのでしょうか、牡丹の花の生命力が感じられるようです。
さらに花弁にはもう一つ工夫が凝らされています。墨弾きのようにもみえる花脈(墨弾きについては、2月号をご覧ください。)しかし、よく観察してみると墨弾きによる白とは異なり、わずかな凹凸が見られます。これは白泥による釉下彩技法が施されているのです。別名“イッチン描き”とも称する技法。白泥を絞り出しながら細い線を描き、その上から薄瑠璃釉を塗ると、山の稜部分が白く浮き出るという仕組みの技法です。黒釉陶などにも多く用いられます。こうした立体化技法を用いることで、単に色彩の違いだけでなく、花びらそのものの表現を追求していったのでしょう。
この作品は、蟹牡丹のうつわと並んで展示されています。蟹牡丹は、鍋島緞通などに同じ図案がみられることから、もともとは染織の意匠であったものをやきものに採用したと考えられています。同じ牡丹でも平面的に意匠化されたものと、“本物”を目指して写実化された牡丹のデザイン。どちらも当時の陶工達の創意工夫が感じられる作品です。
また、この3月をもちまして、昨年4月より開催してまいりました「開館20周年記念展」は終了となります。一年間に渡り、多くのお客様に御来館いただきましたことに、この場を借りまして、職員一同感謝申し上げます。