学芸の小部屋

2008年4月号

「染付天下一銘牡丹文皿伊万里」

江戸時代(17世紀前期)

 桜の花がほころび始めてお花見シーズンを迎えましたが皆様、いかがお過ごしでしょうか。戸栗美術館では4月1日(火)~6月22日(日)まで「初期伊万里展—素朴と創意の日本磁器—」と題して、17世紀前期から中葉にかけて焼かれた日本初の磁器、初期伊万里を展示しております。
今回ご紹介しますのは「染付 天下一銘 牡丹文 皿 伊万里」〔江戸時代(17世紀前期)高:5.2㎝ 口径:22.8㎝ 高台径:8.4㎝〕。深さが3段にわかれ、見込(みこみ)中央には呉須(ごす)で文様を白く抜く染抜きの技法で丁寧な牡丹の枝を描き、その周囲に幾何学文や草花文をめぐらせています。裏面は七宝繋文(しっぽうつなぎもん)と四方襷文(よもだすきもん)を地文として四方に窓を設け、宝文と草花文を描きます。表裏とも文様で埋め尽くした手の込んだ作品で、染付はきれいな藍色に発色しています。高台内側には「夫(天)下一のはち」「太明」という銘が書かれています。実は今回、この中皿の出展の決め手になったのは文様や器形ではなく銘でした。

 

 「太明」銘は中国からの輸入磁器に記された「大明成化年製」などの銘をそのまま写した古伊万里にはよく見られる銘ですが、「天下一」は本来は織田信長や豊臣秀吉などの権力者によって許された名工のみが使える銘だったのが、次第に許可を得ずに勝手に自称する者が増えて、江戸時代初期には諸職人の間でしばしば使われたものです。陶磁器だけではなく鏡や分銅、石材など様々な工芸品に見られますが、江戸幕府によって天和2年(1682)に使用を禁止されています。

 当時のやきもの製作は分業でしたから1枚の皿に複数の職人が関わっています。皆で相談したのか独断かはわかりませんが、染付担当の職人の誰かがこの銘を書いたのでしょう。「天」の字を「夫」に間違えていることや「はち」の下のもう一文字が判読できないことから(読みの可能性としては「成(なり)」かとも思われますが)、この字を書いた人は漢字が苦手だったのかもしれません。古伊万里では漢字を文様として写したものが多く、間違えたり判読できない事例はしばしば見られます。しかし、この中皿の銘は明らかに文字として書かれたということが、「天下一」だけでなくその下に平仮名で「のはち」と書き加えられていることからわかります。「天下一」だけならば、当時流行の銘を書いたんだ、くらいの受け止め方で終わったかもしれませんが「天下一のはち」であるところに、良いものを作ったという職人の自負を感じるのです。

 第1展示室に出展中ですが、裏返しに展示するわけにもいきませんので裏が見えるように鏡を置き、高台写真のパネルを一緒に展示しております。美術館の展示品というとどうしても人間味より美しさが求められがちですが、作った人の存在にも思いをめぐらせながらご覧いただきたい作品です。もちろん、表側の見事な染抜き文様もご鑑賞ください。
職員一同、皆様のご来館をお待ちしております。
Copyright(c) Toguri Museum. All rights reserved.
※画像の無断転送、転写を禁止致します。
公益財団法人 戸栗美術館