夏に向けて、暑い日が続くようになってきました。皆様、つつがなくお過ごしでしょうか。当館では6月22日(日)まで、「初期伊万里展—素朴と創意の日本磁器—」を開催しております。
今回ご紹介するのは、今展示のポスターにもなりました「染付 松竹梅文 桃形水指」〔江戸時代(17世紀前期)高:13.8㎝ 口径:20.1×17.3㎝ 高台径:8.2㎝〕です。真横から見るとちょっと歪んだ水指かと見えますが、上から見ると桃の実の形をしています。残念ながら当館の展示ケースは少々高いため、上から覗くことはほとんどできませんので写真でお見せしています。

[正面] [上面]
外側には鮮やかな染付の青で松竹梅と柳が、内側には松と山水が描かれています。釉薬は少し青みがかっていますが、これは釉薬の成分に微量の鉄分を含むためで、初期伊万里に多い特徴です。高台脇の茶色い部分は汚れではなく、これも初期伊万里の特徴である陶工の指の跡です。17世紀前期から中葉の頃は、生掛けといってうつわを成形して乾燥させたあと素焼きをせずに釉薬を掛けました。生掛けだと指跡が残るほか、焼成中に歪んだり割れたりしやすいので、17世紀後半には高火度で本焼(1300℃~1350℃程度)する前に素焼(800℃程度)の工程を経るようになります。
なぜこんな形をしているのか?というご質問を受けることがあります。桃の実は古来、吉祥の果実で、中国では西王母(せいおうぼ・さいおうぼ)という仙人が、不老長寿を望んだ漢の武帝に、食べると三千年の寿命を得る桃の実を与えたという伝説があります。また六朝時代の詩人、陶淵明(365年~427年)に「桃花源の記」という散文があります。〈一人の漁夫が川を遡っていくと桃の花咲く林があり、その奥に不老不死で豊かな隠れ里があった。元の世界に帰った漁夫が他の人々を案内しようとしたが、二度とたどり着くことが出来なかった〉という短い物語で、桃源郷という言葉があるように桃はユートピアを象徴する植物でもあります。そのため、絵画や工芸品のモチーフによく用いられます。
この水指は茶人からの注文品と思われますが、慶び事でもあったのでしょうか、吉祥の桃の形をしている上にこれも吉祥の松竹梅の文様を描いた、たいへんおめでたい意匠です。かわいい形をしていますが持ってみると底の部分が厚く、意外にどっしりとした重みのある作品です。
今展示は6月22日(日)をもって終了し、次回は6月29日(日)より「古伊万里展—いろゑうるはし」を開催いたします。大らかな初期伊万里と華やかな色絵、それぞれの魅力を比べてみてください。職員一同、お待ちしております。