ようやく9月となりまして、ことのほか暑かった今年の夏も峠を越したようにも思います。みなさまいかがお過ごしでしょうか。現在当館では『古伊万里展 いろゑうるはし』を9月28日まで開催しております。

<孔雀文拡大図>
さて今回ご紹介する作品は、『色絵 孔雀文 皿 伊万里』[江戸時代(17世紀中葉) 高:2.8cm 口径22.5cm 高台径:14.2cm]です。片足を上げて後ろを振り向く一羽の孔雀(くじゃく)を見込に描き、その周りに蕾と開いた牡丹文を配しています。画面に斜めの構図を取って孔雀の姿と牡丹の枝を描いていることで、多彩ながらも繁雑な印象はなく、すっきりとした画面に完成されています。孔雀を描いた四角い窓の周りをびっしりと埋め尽くしているのは、赤い色絵の毘沙門亀甲(びしゃもんきっこう)文です。そして、鮮やかな赤・黄・緑・青・紫の色絵をさらに引き立てているのは、その土台となっている純白に近い白素地といえるでしょう。この素地は、古九谷様式の祥瑞手(しょんずいで)や青手(あおで)の灰色がかった素地の色とは明らかに異なります。パッキリとした赤と白の対比からは、洗練された技術の高さがうかがえます。この白い素地が後の柿右衛門様式における濁し手に繋がっていきます。
<毘沙門亀甲文拡大図>
伊万里焼でよく描かれる鳥は、鳳凰(架空ですが)、千鳥、白鷺、鴛鴦(おしどり)、鶴、鶯(うぐいす)、鶉(うずら)、雁(かり)など種類が分かるものから、意匠化された“花鳥文”に至るまで多岐に渡ります。孔雀もよく用いられるパターンで、初期伊万里の皿にも描かれています。孔雀はその姿の美しさからだけではなく、サソリなどの毒虫や毒蛇類を好んで食べるため、益鳥として尊ばれていました。さらにこのことが転じて、邪気を払う象徴として孔雀明王の名で仏教の信仰対象にも取り入れられています。
赤い色を主体とした色絵磁器は、1660年代ごろから流行します。それまでの古九谷様式では緑や青が主体で全体的に暗い色調の磁器が作られていました。それがこの作品のような明るく華やかな磁器となったきっかけには、伊万里焼の輸出開始があります。それまでヨーロッパへの磁器輸出は中国・景徳鎮(けいとくちん)が一手に引き受けていました。しかし明時代から清時代への変革期に起こった戦乱を封じ込めるために海禁令(1656)と遷界令(1661)が発布され、周辺海域が封鎖されてしまいます。このため中国の磁器輸出ができなくなってしまったオランダ東インド会社は、中国に代わる磁器生産地として日本の有田に注目するようになります。ヨーロッパではどのような磁器が好まれたかというと、まず白い磁器であり、さらに赤を主体とした色絵が施されたものでした。この作品のように細い線描の毘沙門亀甲文を器面いっぱいに埋め尽くしたり、赤く塗りつぶした帯をめぐらせたりする手法が取られています。ヨーロッパに伝世していたこの作品と同じタイプの水注には、銀製蓋に1671年の銘が刻まれています。このことからも、このような作品群はヨーロッパへの輸出が始まった初期の段階のものであることがわかります。
今回の展覧会では、この作品群を“古九谷様式から柿右衛門様式への移行期”として8点出展しております。初期輸出期の伊万里焼として、ヨーロッパの人々を喜ばせた可憐なうつわ達をご堪能ください。
また、来月10月5日(日)からは『青磁と染付展—青・蒼・碧—』を開催いたします。色絵磁器の華やかさとは対照的な、穏やかで深みのある青磁や染付磁器の「あお」の世界をどうぞご期待ください。