寒中お見舞い申し上げます。
ただいま戸栗美術館で開催中の「吉祥文様展—祝いのうつわ—」。この企画展の第2展示室では、吉祥文様の読み解きをテーマに、文様ごとにやきものを展観しています。
そのうちの一つが「龍」の文様です。
龍といえば、もちろん想像上の生き物で、中国では古来より皇帝のシンボルとして、やきもの、漆器、染織などの工芸品に表されてきました。その姿態は神々しく、あるいは猛々しく、あるいは迫力満ちて表され、気軽に用いることのできない高貴な文様として扱われました。一方、日本の伊万里焼では、おめでたい文様として龍はよく用いられるモチーフで、中国の龍の文様とは扱われ方も、表現もちょっと異なります。
今回ご紹介する「染付 龍文 水注」にも龍が描かれています。
蓋のひょうたん形のつまみをぐるりと一周するように1匹。銚子の肩の部分には波濤文をめぐらせ、その上に取っ手をはさんで前後に1匹ずつ。胴の部分にも前後に1匹ずつ。この高さ15センチにも満たないサイズの銚子に計5匹もの龍が描かれているにもかかわらず、その構図はすっきりとして繁雑さもなければ豪華さもありません。
それもこれも描かれている龍が放つ雰囲気のなせる技といえそうです。つまり、この龍たち。龍というにはあまりにも貧相。ギッとにらみつける眼差しと硬そうな直毛のタテガミにささやかな力強さを感じるものの、軟体動物を思わせる体や手足には威厳のかけらもありません。1月号でご紹介した「色絵 龍鳳文 鉢」の威風堂々とした龍とは大違いです。素焼きをしないで釉を生掛けしたことによる初期伊万里特有のやわらかで素朴な質感や温かみのある色合いとあいまって、なんとも親近感のわく小さな生き物に見えてきます。
それもそのはずで、龍にも品種とその格付け・階級があるという説の中では、中国で皇帝専用に表された二角五爪の龍がそのトップに君臨するものであれば、この銚子に描かれた龍は、その系譜の末端に位置する下層階級の龍で、角もなければ鱗もない「?龍(ちりゅう)」と呼ばれる種類の龍なのです。
龍は、中国に起源を発しますが、インドの釈迦を守るナーガ、西洋の悪の化身ドラゴンなども「龍」と訳され、また日本のヤマタノオロチも龍に分類されることがあるように、世界各地で龍の伝説や神話・物語が存在し、龍は様々な性格付けをされながら信仰の対象として崇め奉られ、あるいは畏怖されてきました。文化の東西交流が進む中で、龍のイメージも混同されたり、相互影響を受けあって変容し、いろいろな種類のものが誕生したりもします。
そして中国では、そのような何種もの龍、—たとえば?龍(きゅうりゅう)、蛟流(こうりゅう)、応龍(おうりゅう)、蟠龍(ばんりゅう)など—を系統立てて整理し説明する文献がいくつか知られています。それらによると、出世魚がごとく成長段階に分ける説や、翼をもつとか水中に住まうなどの生態や特徴により区分けする説、あるいは龍のヒエラルキーの中での階級ごとに分類する説などの諸説があります。
しかし、いずれの説においてもこの?龍は弱小の龍であるということだけは共通しているのです。でもだからこそ身近で親しみを持って迎えられるのかもしれません。
まだまだ寒い日が続く夜。晩酌のお供に、このお銚子を使ったならば。小ずるそうな表情だけれどもどこか憎めないこの?龍の存在が、さらに体を温めてくれるのではないか、そんな想像が膨らむかわいらしい一品です。
このたびの展示では、吉祥文様があしらわれた日常使いのうつわも多く展示されています。使い方を想像しながらご覧いただくのも一つの楽しみかと思います。「吉祥文様展—祝いのうつわ—」は3月29日(日)まで。どうぞお運びくださいませ。