学芸の小部屋

2009年10月号

「暖碗というもの。」


「青花 人物文 暖碗」
景徳鎮窯
明時代(15世紀末~16世紀初)
高:7.9cm 口径:16.6cm


 10月4日から開催の「鍋島と景徳鎮展—君主の磁器—」にて、初出展の作品をご紹介します。

暖碗とは・・・
 あまり馴染みのない形の器。
 碗の上に皿を重ねた形で、内面は空洞。底には、まるで植木鉢のように穴があけてあります。いったい何に使う器物なのでしょうか。
一般的に、このような器形のものを「暖碗」と呼び、底の穴から熱湯を入れて栓をし、器皿の上にのせた食べ物を冷まさない、保温作用のある器として用いられたと言われています。また、「孔明碗」という別名もあります。これは、五丈原において魏軍と蜀軍が対峙していたとき、死期が近いことをライバル・司馬懿仲達に悟られた諸葛亮が、底上げの碗を使って食欲旺盛で健康であるように見せかけて敵をだましたという三国故事にちなむ呼称です。そのほか、お供え用の器であるとか、ダイス・ボールであるなどの説もありますが、結局のところ用途は分かっていません。

 暖碗は、北宋の龍泉窯青磁や、明代中期の景徳鎮民窯で作られた青花磁器に作例が知られ、本作は後者に属します。モチーフに人物、もくもくとした雲、楼閣などが描かれている、いわゆる“雲堂手”タイプの青花磁器。雲堂手は明代を通して作られますが、本器は画面に対して人物文がやや小振りであることや、力みが抜けて瀟洒な雰囲気をもつなどの特徴から、弘治(1488〜1505)から正徳(1506〜1521)頃の作と考えられます。

壺中天
 画題に目を転じてみると、上面の皿部見込みには、仙人の図と思しきものが描かれています。主人公は雲に乗った男性2人でしょうか。よくよく観察してみると、もくもくとしたものは雲ではなく、右下の壺から出ている煙のようです。となると、壺中天の故事を題材としているとみて間違いなく、左側が壺公、右側の男性が費長房であろうと思われます。壺の中の仙境に入った所の場面なのでしょう。おもしろいことに、手前には杵をついている兎が描かれています。中国の神話では、兎は西王母の遣いとして不老長寿の薬草を煎じます。しかし、画面左手に描かれている女性には西王母のトレードマークである「勝」という髪飾りが描かれているかどうか確認できませんし、桃の樹や蛙など西王母とセットで描かれることの多いモチーフも見当たらないことから、西王母を表わす図柄であると断定することはできません。道教的イメージが混ざって壺中天の画題の中に兎が登場してしまったようです。 

三顧茅蘆
 碗の側面には、上面に比べて簡略な表現ながら、三顧茅蘆図(さんこぼうろず)が描かれています。三顧茅蘆図とは、蜀の劉備玄徳が三たび諸葛亮の庵(いおり)を訪れて遂に軍師に迎えたという故事を表わしたもの。雲堂手は元代の青花磁器の系譜を継いでいるといわれていますが、本作の三顧茅蘆図はまさしく元青花に表されている同題材の図と劉備玄徳らのポーズが共通し、同じ挿図本か模刻版などをもとに描かれたものと考えられます。本作のような形の器を“孔明碗”と呼ぶようになったのは後代になってからなので、偶然の一致に過ぎないのですが、孔明碗に三顧茅蘆図が描かれているのはなかなか洒落が効いていますね。


 上面の画題と側面の画題には関連性がなく、また壺中天の図に突然兎が登場するなど、民窯ならではのおおらかさがよく表れている構成の本作。「鍋島と景徳鎮展—君主の磁器—」では、サブタイトルから連想されるように、官窯作品を中心に展示していますが、民窯の作品も参考作品として数点陳列しています。官窯と民窯の違いも一つの鑑賞のポイントとしてご覧いただければ幸いです。
(杉谷)
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