学芸の小部屋

2010年1月号

金襴手の使い方

 明けましておめでとうございます。本年も戸栗美術館をどうぞよろしくお願い申し上げます。

 さて、新年最初の展示は「町人文化と伊万里焼展─器からみる江戸の食─」です。江戸幕府が開かれた1603年から明治維新の1868年まで265年間続いた江戸時代。明治維新から今年、2010年までがまだ142年しか経っていないのですから、江戸時代の長さというのは大変なものです。これだけの長期政権となるとメリットもデメリットもありますが、文化面でいえば、長く戦争が起きなかったことで支配者層ではなく町人階級が力をつけ、文化の担い手となりました。その動きが特に大きく盛り上がった期間が2度、あります。17世紀末〜18世紀初期の元禄時代と、19世紀初期の文化・文政時代です。今展示では、伊万里焼を美術的な視点よりも「どう使われたか」という視点から展示し、上方の豪商を中心とした元禄文化と、江戸の大衆を中心とした化政文化とを比較する構成となっています。

 元禄時代の伊万里色絵といえば、豪華な気風を反映した金襴手様式です(金襴手様式についてはバックナンバー2009年1月号参照)。今回は敢えて最高級の品ではなく、もっと広く使われたタイプの金襴手をご紹介します。下の写真は「色絵 山水文 皿」(江戸時代、18世紀前半)。



 中央に山水文、周囲には三方に宝相華(ほうそうげ=想像上の花のデザイン)と赤地の窓を設けて麒麟と牡丹(獅子牡丹でないところが面白いのです)を描き、その間に桐と鳳凰を並べています。大きさは口径30㎝、高さ6.0㎝、高台径19.4㎝です。一見賑やかですが、典型的な型物と比べると白い部分が多いのです。その分だけ絵具の量や職人の手間が少なくて済む、つまり最高級品よりも手ごろな価格になるというわけです。ヨーロッパに輸出されたものにも類似品が見られますが、この作品は寛政十一年(=1799年)の墨書がある共箱がついていますから、国内で流通した可能性も考えられます。箱書きは18世紀末ですが、これは作った年ではなく購入した年と思われ、作風からこの皿が作られたのは18世紀前半と考えられます。

 この作品を食器として見ると、皿鉢(さばち・さわち)という種類に分類できます。江戸時代の文献には「砂鉢」と表記されることが多いのですが、鉢よりは浅く皿よりは深い大きめのうつわをいいます。座敷で宴会をするとき、このような大きなうつわに刺身や煮物や焼き魚を盛り付けたものが出され、各自とりわけて食べたのです。18世紀末頃になると大皿を載せたテーブルを囲む中華風の卓袱(しっぽく)料理や、卓袱を精進料理にした普茶(ふちゃ)料理が流行しました。そのような席でも皿鉢は活躍したはずです。普通の皿より深さがありますから、汁気のあるものも盛り付けることができて、使い勝手は良かったのではないでしょうか。お正月のおせち料理にもこのようなうつわがあると華やかになりますね。

 「町人文化と伊万里焼展─器からみる江戸の食─」は、1月5日(火)から3月28日(日)まで開催します。金襴手、染付、そして庶民から人気があった蛸唐草文様のうつわなどが出展されています。江戸時代の雰囲気、町人のエネルギーを感じていただければ、と思います。
 
(松田)
                                                 
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