学芸の小部屋

2010年2月号

襖の引手

 寒い日が続きますが、日なたでは梅の花が咲き始めていますね。戸栗美術館では「町人文化と伊万里焼展—器からみる江戸の食—」を開催中です。今回ご紹介するのは、伊万里焼でできた襖(ふすま)の引手(ひきて)です。


染付 蛸唐草文 引手 伊万里
江戸時代(18世紀) 長:7.7×6.3㎝


 今の若い人には「引手って何?」と言われてしまうかもしれませんが、襖を開閉する時に手を掛ける、丸い部分です。銅や真鍮など金属製が多く、陶磁器ではあまり見かけません。この2点はよく見ると文様の描き方が違っています。描き手が違っただけで同じ家の注文品なのか、別々の家で使われていたのかは不明です。

 引手は生活の中で常に目にするものであり、毎日手を触れるものですから意匠としては目立たない無難なものか、洒落ていて飽きの来ないものか、どちらかになります。すでに明暦3年(1657)には「大キなる釘かくし、大キ成引手、ひいとろ金めつきなと結構ニ仕間敷候」という町触(まちぶれ)が出されています。町触なので武家に対してではなく、今回の展示テーマでもある町人階級に対しての規制と考えられ、裕福な商家などでは、びいどろ即ちガラス製や金メッキなどの装飾性の高い釘隠・引手が使われていたことが窺えます。元来、釘隠は名前の通り柱に出ている釘の頭を隠すためのもの、引手も扉の開閉のためにやむを得ず取り付ける実用品ですから派手にする必要はないのですが、江戸時代の暮らしの調度品にはこのような、あまり意味はないけれども楽しい遊び心が随所に設けられています。

 磁器は高価でしたから、磁器の引手などという洒落たものを長屋で使っていたはずはないので、やはり裕福な家庭か店舗で使っていたと思われます。この引手は、どのような襖に付いていたのでしょうか。格調高い水墨画風の図柄には似合わないようです。紗綾形(さやがた)や市松などの幾何学文様の襖、無地の襖に取り付ければ引手そのものがワンポイントの文様になりますし、大きな出入り口ではなく押入れや天袋の戸に付いていてもお洒落です。小さな製品ですが、現代生活の中にもある身近なものだけに、見ていると「どんな家で使われていたのだろう」「この家には他にも凝った調度品があったのだろうな」等々、想像力をかき立ててくれます。

 「江戸の食」という副題の展示ですが、食器だけではなく調度品もいくつか出展していますので、あわせて江戸の暮らし全体を想像して頂ければと思います。「町人文化と伊万里焼展」は、3月28日(日)まで開催いたします。

 
(松田)
                                                 
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