学芸の小部屋

2010年6月号

「岩に鳥」


染付 岩鳥文 皿
伊万里
江戸時代(17世紀前期)
口径: 20.4cm


入梅を控えて不安定な空模様が続いていますが、皆様いかがお過ごしでしょうか。

今回ご紹介するのは、現在第2展示室に展示中の「染付 岩鳥文 皿」です。どこか暢気な表情で、両足をつけて岩にたたずむ姿の色の濃い鳥が描かれていますが、さて、この鳥の種類はいったい何でしょうか。

まず、モチーフの特徴から鳥の種類を考えてみると、この鳥の一番の特徴は立ち姿だろうかと思います。一般的に鳥がこの文様のように尾羽を下げてすっくと立つのは、木の枝にとまる場合が多く、岩場においてこのような体勢でとまる種は少ないのではないでしょうか。しかし、くちばしの形や羽の模様などの特徴を含めても、文様表現からその種類を見当づけることができません。

では、初期伊万里の文様に多大な影響を与えている明末清初の中国のやきものにデザインソースを探してみるとどうでしょうか。鴛鴦や鴨、鷺などの水鳥のほか、鳳凰や雉、鷹、鵲などさまざまな鳥が岩の上に表わされていることが分かります。そしてその中に、本器の鳥と同じように全身を濃み染め(※)された鳥が立ち姿で表わされているのを見つけることができます。

たとえば、景徳鎮窯のヨーロッパ向けの染付磁器によく用いられているモチーフの鳥。岩に立つというだけでなく、羽の色、くちばしの形など、その鳥がもつ特徴は本器の鳥と共通しています。
この鳥は一般的に叭叭鳥といわれています。叭叭鳥(ははちょう、叭哥鳥はっかちょう、とも)は、日本ではあまり馴染みがありませんが、中国では一般的な鳥であり、鴉のように全身が黒く、額に冠羽をもつ鳥です。
輸出磁器として大量生産された染付磁器の叭叭鳥は、単純化して描かれているためか、あまり冠羽が描かれていません。そのため、本器同様、文様表現から鳥の種類を判断するのは難しいデザインであるといえます。
これが叭叭鳥であるといわれる理由としては、ひとつには、当時それが吉祥文様として絵画や工芸品に広く用いられていたモチーフであったことが挙げられます。ヨーロッパ向けの染付磁器でも丁寧に作られている作品や、同じく景徳鎮窯で作られた日本向けの高級な染付磁器・祥瑞などには、冠羽を描いて明らかに叭叭鳥をモチーフとしている作品もあります。また、安政二年(1855)刊行の『型物香合相撲番付』の西方前頭二枚目に古染付の「染付叭叭鳥」の名称もみえます。
なお、景徳鎮窯の染付磁器から影響を受けているとの指摘がある明末清初の画家、八大山人が叭叭鳥をよく描いていており、それらが必ずしも冠羽をもたないことは興味深い共通点です。

本器の文様が、中国の簡略化・単純化してできあがった叭叭鳥文を図案として採りいれたのかどうかは分かりませんが、その共通点の多さから、この鳥が叭叭鳥である可能性もあるのではないだろうかと思います。みなさまには、いったい何の鳥にみえるでしょうか。

「初期伊万里展」は今月の27日までです。28日から7月3日までは展示替えのため休館し、7月4日からは「古九谷展—伊万里色絵の誕生—」が始まります。どうぞお楽しみに。

※ 濃み染め(だみぞめ)・・・染付で塗りつぶすこと

(杉谷)
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