学芸の小部屋

2010年8月号

  「みじん唐草の先祖」

 猛暑が続く季節となりました。立秋前後は暦の上でも最も暑い時期とされていますが、この気温は異常ですね。お出かけの際は熱中症にお気を付けください。
 さて、この度ご紹介するのは口径45センチを超える「色絵 渦文 皿」です。

「色絵 渦文 皿」
 伊万里(古九谷様式)
 江戸時代(17世紀中期)
 高:8.8cm 口径:45.5cm
 高台径:20.0cm
 ※ ↓裏面

 この大皿、遠目で見るとわかりにくいのですが、うつわ全体に隈なく、普通は「福」などの銘が大きく記される高台の中まで細かい渦文様を黒絵具で描き込んであり、その上から表は黄色・裏は緑色という奇抜な配色で塗りつぶしています。目をこらすと、渦は下の拡大写真のような形になっています。

 

 右、左、右、左という渦の法則性、お気づきの方もいらっしゃるでしょうか。これは唐草文様独特の描き方です。所々に葉が省略された丸い粒々が散らされていることからも、唐草であることがわかります。18世紀後半にはくるくると渦を巻いた「蛸唐草」が、19世紀には蔓が省略されて微細な葉だけがうつわを埋め尽くす「微塵(みじん)唐草」が登場しますが、それを100年以上も遡ってこのような文様が描かれていたことに驚きます。伊万里焼の全面唐草埋め尽くしのセンスはこの頃からあったのですね。一見、無造作にひたすら丸を描いただけのようにもみえますが、どこから描き始めたのかもわからないほど均整の取れた唐草文様でこの大皿を飾るのは並の職人技ではありません。表と裏では渦の大きさや筆の運びが違うので、それぞれ違う職人さんが担当していたのかもしれません

 この色彩のうつわは、古九谷様式の中では「青手(あおで)」に分類されます。青手は細かい地文様を緑や黄色の上絵具で厚く塗りつぶすのが特徴で、地文様を背景として斬新な図柄が描かれたものがよく見られます(典型的なタイプは学芸の小部屋2007年1月号に紹介されている瓜文の大皿をご参照ください)。今回ご紹介している大皿は地文様自体を主役にしている点が珍しいといえます。うつわの形などから佐賀県有田町の丸尾地区にあった丸尾窯で作られたと推定されているのですが、丸尾窯では他にも独特な図柄のうつわが作られていたようで、ちょっと変わった窯だったのではないかという印象を受けました。

 展示では、渦文の大皿と並んでもう1点、丸尾窯製品と思われる「色絵 魚藻流水文 鉢」を出展しています。とても独創的な魚が描かれていますので、こちらも是非ご覧ください。

(松田)
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