学芸の小部屋

2011年9月号

  「染付の青と色絵の青」

天気予報では今年の夏は長いとのこと。まだしばらく暑さが続きそうですので、引き続き熱中症にはお気をつけください。
さて、今回は、柿右衛門様式の壺をご紹介いたします。

柿右衛門様式といえば、〈濁手(にごしで。乳白手とも。)〉と呼ばれる純白の素地(きじ)に明るい絵付けが特徴ですが、この純白の素地を得るには、どうすればよいのでしょうか。まずは、素地や釉薬(ゆうやく、うわぐすり)の原料から着色の原因となる不純物を根気強く取り除き、丹念に精製するということが基本になります。それに加えて、ガラス質である釉薬は、厚くかけると青みがかってしまう性質があるため、できるだけ薄くかけなければなりません。

ところで、伊万里焼の絵付けに使われる色には、〈染付の青〉と〈色絵の青〉の2種類があります。
染付とは、素焼きをした段階の素地に、呉須(ごす)と呼ばれる青色顔料で絵付けをし、その上に透明な釉薬を施した後に本焼き焼成する技法です。断面を見ると、下の模式図1のようになります。釉薬の下に絵付け文様がありますので、「下絵付け」とも呼ばれます。文様は釉薬によってコーティングされていますので、うつわの表面はなめらかであり、ゴシゴシと擦っても文様が剥がれ落ちることはありません。

【模式図1 染付】

 それに対し、色絵とは、白磁や染付など、釉薬をかけて本焼き焼成し終わったうつわの上に、低い温度で熔けるガラス質の顔料を使って絵付けをしたのちに、もう一度焼成し、文様を焼き付ける技法です。断面は模式図2の通り。釉薬の上に文様がありますので「上絵付け」とも呼ばれます。顔料はガラスの表面に付着した水滴のように、表面張力によってやや丸みを帯びたかたまりになります。そのため、うつわの表面を指でなぞると、僅かにでこぼこしていることが分かります。また、文様はうつわの一番外側にあって、何にもコーティングされていない状態です。赤や金色は摩擦に弱く、長年使っていると文様が落ちてしまいますし、その他の色は物理的衝撃に弱く、ひびが入って剥落してしまいます。

【模式図2 色絵】

 染付は、上にかかる釉薬の層にある程度厚みをもたせることで青色が美しく発色しますので、釉薬を薄くかけなければならない濁手に染付は用いられません。濁手の作品に用いられている青色はすべて、染付ではなく色絵の青なのです。

ところが、現在一般的に「柿右衛門様式」と呼んでいる伊万里焼には実際には技法や作風に幅があり、濁手の作品は一部であって、染付を併用している作品も少なくありません。濁手の作品は、当時特に高い技術を誇っていた南川原山の柿右衛門窯において作り出されましたが、濁手を作る技術をもたない有田の周辺の窯々や赤絵町でも、売れ筋であった濁手のデザインや形を真似したため、いろんな「柿右衛門様式」が出来上がっているのです。ですから、濁手の作品を広義の柿右衛門様式と区別して、「典型的な柿右衛門様式」と呼ぶこともあります。

下に挙げる「色絵 牡丹文 壺」も、染付と色絵を併用した広義の柿右衛門様式の作品です。この作品では、うつわをぐるっと周る圏線や、頸部の剣先文、肩の菊弁文などが染付、胴部に描かれている菊花文やその周囲の花唐草文はすべて上絵です。
〈染付の青〉と〈色絵の青〉を見分ける主なポイントは、以下の3つ。
①表面のなめらかさ・・・上述の通り、染付の場合はうつわの表面が滑らかですが、色絵の場合は光の加減によって少し盛り上がっているのが分かります。
②濃淡の有無・・・染付は濃淡をつけることができるので、輪郭線も内部もともに染付で塗ることができます。一方色絵は、ムラはあるものの意図的に濃淡をつけることはできません。
③線の細さ・・・染付は細い線描が可能ですが、色絵ではあまり細い線は描けません。染付を用いることで白磁部分は青みがかってしまいますが、色合いや特徴の異なる青色が2種類あることで、文様に奥行きが出たり、全体のバランスが引き締められ、濁手とは別の魅力を感じることができると思います。


「色絵 菊花文 壺」  伊万里(柿右衛門様式)
江戸時代(17世紀後半) 高25.6cm


染付部分    色絵部分

 ちなみに、濁手の白磁素地は、輸出先のヨーロッパにおいて〈ミルキー・ホワイト〉と呼ばれ、絶大な人気を博したものの、製作の困難さなどから30年ほどで作られなくなり、その技法は失われてしまいます。現在、重要無形文化財として指定されている濁手の技法は、12代・13代の酒井田柿右衛門氏が、酒井田家に伝わる、『土合帳(つちあわせちょう)』(元禄三年午二月吉日)という、濁手素地を作る工程が記されている古文書をもとに、再現されたものです。濁手の素地は泉山陶石、白川山土、岩谷河内土を配合しているといいますが、『土合帳』では、それぞれ何俵という記述はあっても重さが書かれてない上、同じ山からとられた原料でも、採掘する場所によって土の成分にばらつきがあり、濁手の再現はとても困難だったそうです(十四代酒井田柿右衛門『余白の美 酒井田柿右衛門』集英社新書、2004より)。

「伊万里焼の技と粋—古伊万里で学ぶやきものの“いろは”—」展は今月25日(日)で終了し、 翌26日から10月1日までは展示替えのため休館となりますので、ご注意ください。なお、9月19日敬老の日を「シニア無料観覧日」としまして65歳以上の方は入館無料となります。該当する方は年齢のわかるもの(免許証や保険証など)をお持ちください。
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