学芸の小部屋

2012年6月号

「修復された伊万里焼」

「染付花鳥文鉢」
伊万里
江戸時代(17世紀前期)
高8.7cm口径28.3cm

 夏に向かって、日差しが強くなってまいりました。梅雨入りはもう少し先になるとのこと。皆様、いかがお過ごしでしょうか。

 さて、戸栗美術館では 6月10日より9月23日まで「初期伊万里展 ~日本磁器の始まり~」を開催いたします。草創期ならではの型にはまらない自由闊達な絵付けの施された初期伊万里は、見る者を楽しくさせるような魅力に満ちています。今回は、その中から階段ケースに展示する初出展品をご紹介いたします。

 小溝窯で生産されたと考えられる大鉢で、見込には大きく松樹にとまる鳥が豪放な筆致で描かれています。文様、器形ともに非常に堂々とした大鉢なのですが、残念なことに高台の外周に沿って大きなひび割れがあり、かなり古い段階で鎹(かすがい)止めにより修理されていました。現在では鎹は外され、その痕跡が目立たないように修復されています。


ひびを挟んで丸い孔痕がある。ここにホチキスの針のような金属製の鎹をはめて止めていた。
現在は樹脂が埋め込まれて目立たないようになっている。

 鎹止めによる修理で最も有名な作品に、重要文化財に指定されている龍泉窯青磁茶碗の銘「馬蝗袢(ばこうはん)」があります。室町将軍足利義政(在位1449~1473年)の時代に中国・明で鎹止めされたもので、江戸時代の儒学者・伊藤東涯(1670-1736)が鎹を馬の尾にとまるイナゴに見立て、その銘を与えました。
 中国において伝統的なこの磁器の修理技法は、近代に至るまで踏襲されており、数十年前までは鎹止めを行う行商人がいたと言いますし(※)、日本でも江戸から明治初期にかけて、主に中国からの帰化人がその職に就いていたと言います。その後瀬戸で磁器が量産されるようになると、修理してまで使われることがなくなり、廃れていきました。

 なお、陶磁器の直し方には、「修理」と「修復」がありますが、単純に言うと「修理」は使える状態に直すこと、「修復」は使用に耐えるかどうかは別にして外観をもとの状態に近づけることです。鎹止めは「修理」に当たります。
 この作品がどの時点で鎹止め修理をされたのかは分かりませんが、ひびが入ってもなお、破棄されることなく大切に使用されてきたものであることが分かります。確かに何を盛ろうかと考えれば、次から次へとアイディアが出てくるほど使い勝手が良さそうな器です。その時々の所有者が重宝し、大切に大切に受け継いできたのでしょう。現在は修復が施され美術品として展示ケース内に飾られていますが、かつては食器。どんな人がどんな場で使用したのか、想像が膨らみます。

 これから迎える夏の暑い時期に、涼やかな染付を主体とした初期伊万里で少しでも涼を感じていただければと思います。

※1960~70年代の文化大革命下の農村が舞台の映画『初恋のきた道』(監督:張芸諜(チャン・イーモウ) 原題:我的父親母親 日本1999年公開)の中で、磁器製のどんぶりを鎹止めによって修理するシーンがあるのは、やきものファンの中ではかなり有名な話ですね。

【参考文献】
・甲斐美都里『古今東西 陶磁器の修理うけおいます』中央公論新社 2003

  
(杉谷)

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