学芸の小部屋

2013年1月号

「鍋島焼10客組」

色絵桜霞文皿
鍋島
江戸時代(17世紀末~18世紀初)
高5.7cm口径21.0cm 底径10.8cm

 新年あけましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
さて、戸栗美術館では1月6日(日)より3月24日(日)まで、「鍋島焼展—孤高の鍋島藩窯—」を開催いたします。今回はその中から「色絵 桜霞文 皿」(10客組)をご紹介いたします。

 江戸時代、各大名家から徳川家へは、「月次(つきなみ)献上」として毎月さまざまな品物が納められていました。鍋島焼は11月の献上品であり、明和7年(1770)には、鉢2枚・大皿20枚・中皿20枚・小皿20枚・茶碗皿と猪口の内20個をセットとして5箱分が献上されたという記録が残されています(※1)。20枚1セットとなる皿類は、組食器としてそれぞれ同じ文様が施されていたものと考えられます。さらには、将軍家への月次献上に合わせ、多くの幕府高官や佐賀藩と縁のある諸役人、親戚等へも鍋島焼は贈られていましたので、同文様の作品は相当数作られたことでしょう(※2)。しかし、現在では散逸してしまっており、本作のように組食器としての本来の姿を偲ぶことができる例は貴重であるといえます。
 とはいえ、本作をじっくりと見比べてみると、1点1点少しずつ異なるところがあることが分かります。例えば、モチーフの配置や、葉の塗り分け方、そして棘の有無など(下図参照)。


●雲の帯に花や葉が接する位置を見てみると、雲の帯の違いが分かる。

●葉の配色がそれぞれ異なる。

●茎に棘が有るものと無いものがある。

 鍋島焼の絵付けでは、「仲立ち紙」と呼ばれる下絵の型紙が用いられたと考えられおり(※3)、特に盛期の鍋島焼では、厳密にすべての線描を下絵通りに描き出した組物が多いと言います(※4)。したがって、ところどころに違いを見つけることができる本作は、当初からのセットではなく、違うセットに含まれていた同一文様の作品を、合わせて組物としたものなのかもしれません。それでも、10枚も同文様の作品を集めることは容易なことではありませんので、貴重な例であることには変わりありません。

 ところで、本作に描かれている花を「桜」と呼んでおりますが、ご覧いただいたように、茎や葉は別の植物の特徴をもっており、棘もあるため、桜ではなく蔓バラの一種だとする根強い意見もあります。当館では桜と見なしているのですが、その主な論拠は以下の2つ。
 ①鍋島焼では、モチーフをデザイン化し、複数の植物を組み合わせて描く例が少なくありません。例えば下図の「染付 草花文 輪花皿」では、見込の朝顔は竹のような葉も同時に描かれており、側面のバラには水仙や菖蒲のような葉が組み合わせられています。
 ②鍋島焼の花の表現には決まった形式があり、桜は基本的に蕊の周りに5枚のハート形の花弁を配する形式で描かれます。バラが描かれている作例は多くありませんが、花の中央にある巻いた花弁や、蕾の形が特徴的です。
これらの花の形式は、鍋島焼の「格式」と見なすことができます。献上品として決まった形式を重んじていたのでしょう。

 結局のところ、この作品やこの文様を、江戸時代の人々がどのように認識していたのかを示す資料が見つからない以上、文様の種類を特定しても推測の域を出ることはできません。鍋島焼のデザインに影響を与えているという江戸時代に流通した画譜(図鑑、絵画のための絵手本帖)などの文様と植物名を照らし合わせてみるのも、モチーフの種類比定において有効な方法の一つですが、管見では図譜などの中に棘をもつ類似の図案は見つけることができていません。さて、みなさまはこの花の種類は何とご覧になるでしょうか?
 鍋島焼のデザインの中に見られる格式と創意を存分にご堪能いただければと存じます。

【桜の例】

 
染付 桜花文 皿  鍋島                 染付 桜樹文 皿  鍋島
江戸時代(17世紀末~18世紀初)口径20.2cm  江戸時代(18世紀前半)口径20.0cm

【バラの例】


染付 草花文 輪花皿  鍋島 江戸時代(18世紀前半) 口径20.5cm


●「芥子園画伝」 三集 王概等編 1701刊行 (画像は共和書局 1914年刊行版 国立国会図書館デジタルアーカイブより)
左ページ上の「野薔薇」は花が桜によく似ていますが、茎の状態(棘の有無など)は不明です。蕾の形はバラそのものであり、本作(鍋島焼)の表現とは異なります。

※1 8代目藩主鍋島治茂(はるしげ)の年譜「泰国院様御年譜地取(たいこくいんさまごねんぷじどり)」
※2 定期的な献上や贈答にあてられた鍋島焼についての文様に関する記録は発見されていません。そのため贈り先によって鍋島焼の文様を変えていたかどうか、あるいは毎年新しい文様の鍋島焼が創作されたのかどうかなどは不明です。
※3 仲立ち紙(なかだちがみ)とは、同じ文様を繰り返し描くための下図用の型紙。和紙に墨で文様を描いたもの型紙とし、うつわの表面に重ねて上からバレンのようなもの(椿の葉が良いとされる)を使ってこすると、素地に文様が写し出される。墨は焼成時に燃えるため残らない。
※4 山本文子「近世肥前磁器絵付技術の研究 : 肥前磁器絵付技術における仲立ち紙使用の成立過程」『青山史学』28号(相田洋教授退任記念号) 青山学院大学 2010



(杉谷)

Copyright(c) Toguri Museum. All rights reserved.
※画像の無断転送、転写を禁止致します。
公益財団法人 戸栗美術館