学芸の小部屋

2013年3月号

「構図の効果と線描・濃み染めの技術」

「染付竹文皿」 鍋島
江戸時代(17世紀末~18世紀初)
高5.6cm口径20.2cm高台径10.8cm

春の風が待ち遠しい今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか。
戸栗美術館では3月24日(日)まで「鍋島焼展~孤高の鍋島藩窯~」を開催しております。今回は出展品の中から「染付 竹文 皿」をご紹介致します。

竹は日本古来より神聖な植物として神事に用いられてきた植物です。平安時代には絵巻や衣装に、江戸時代に入ると雪や虎・雀などと組み合わせて盛んにあらわされました。中国では、冬でも青々と成長する竹を、歳寒三友(※1)や四君子(※2)の一つに数え、古くから好んで絵画や工芸品に用いています。中国文化の影響から、日本でも竹文は慶祝の文様として認識されるようになり、献上用の器である鍋島焼でも度々描かれました。

「染付 竹文 皿」では、白抜きであらわした2本の竹を配し、周囲を濃み染めで青く塗り埋めています。竹文は、真っ直ぐに伸びる竹の姿を一部切り取り、拡大したように大きく描かれています。切り取られた皿の外へと続くのは、竹がしなやかに伸び、葉が広がる情景でしょうか。あえて一部分を大胆に切り取る事で、皿の外に続く広い情景を想像させる構図といえるでしょう。さらに、竹を拡大したように大きく描く事により、すぐ近くに迫るような、大きな存在感を生んでいます。竹が本来持っている力強い生命力まで描き出そうとしたのかもしれません。
また、この構図では竹文を左に寄せる事で、画面右に広い空間を作り出しています。主題である竹に対し広く取られたこの空間は、そこに漂う空気の存在を感じさせ、画面に奥行を生んでいます。近くに迫るように描かれた竹もまた遠近感を感じさせているのでしょう。
描かれている文様は竹文のみでありながら、構図を工夫する事で様々な効果を生み、まるでピンと張りつめた空気が漂う静かな竹林が広がる空間がそこにあるかのようにも感じさせ、趣深い作品となっています。

 「染付 竹文 皿」には“日本磁器の最高峰”とも称される鍋島焼の技術の高さを感じる事のできる表現があります。
その一つが、竹の葉の表現。滑らかに伸びた曲線は、均一の細さで、葉脈の幅も均等に引かれています。筆が数ミリ上下しただけで線の太さは変わってしまいますから、非常に繊細で集中力を要する作業でしょう。また、線の端も、筆先を払って先細りになる事なく、最後まできっちりと描いている点からも職人の丁寧な仕事ぶりがうかがえます。
竹文の周囲に広範囲に施された「濃み染め」も高度な技術です。「濃み染め」は、専用の太い筆にたっぷりと呉須の溶液を含ませ溜めながら塗っていきます。溶液が乾かない内に一気に塗り広げなければムラになってしまいますので、スピードと正確さが必要とされます。本作のように広範囲の場合は皿を傾けて流しながら塗ったのかもしれません。この筆跡も残さない均一な色調の濃み染めは、白抜きにした竹文を主文様として一層際立たせ、皿全体の清らかな雰囲気までも演出しているように感じます。

 本作をよく見ると、失敗の跡も見つける事ができます。一つは、竹文の白抜き部分に擦れるように所々ついた青い点。何かの拍子で呉須が筆から飛び散った所に手を触れてしまったのかもしれません。また、皿表面の広範囲に渡ってポツポツと付着物があります。このように献上用には適さないとみなされるような痕跡がありながら、本作は、職人の創意溢れる構図・均一な線描や濃染めなど高い技術に裏打ちされた、鍋島焼らしい格調高い魅力を持ち合わせている事も事実。厳しい検品によって失敗作はすぐに処分されていた当時、人々も割り棄てるには忍びないと思ったのでしょう、鍋島家の自家用品などとして使われたものと考えられます。
まるで機械で描いたようにも見える程に精緻な表現の優品が多い鍋島焼の中で、本作は、確かに人の手で作られていたという事を感じさせてくれる作品です。個人的には、竹文の白抜き部分に擦ったようについた青い点々も、竹の表面の繊維質なディテールのようにも見え、手仕事の痕跡から想像が膨らむ味わい深い作品だと感じます。是非皆様もお近くでご鑑賞くださいませ。

※1:歳寒三友…「松・竹・梅」。厳寒に耐えて花を咲かせたり緑を保つ三種の植物。困難にあっても節操を守る事。
※2:四君子…中国・日本で絵画に描かれる「梅・菊・蘭・竹」の総称。その高潔な美しさを君子(品位の高い人・徳行のそなわった人)に例えている。

(竹田)

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