学芸の小部屋

2013年5月号

「幾何学文様の表現」

「色絵石畳蔓草文皿」
伊万里
江戸時代(17世紀末~18世紀初)
高4.4㎝ 口径22.6㎝ 高台径14.7㎝

  新緑の色が増し、穏やかで過ごしやすい季節となりました。みなさまいかがお過ごしでしょうか?

 戸栗美術館では現在「古伊万里金襴手展 −元禄のきらめき−」を開催しております。今回は出展作品の中から「色絵 石畳蔓草文 皿」をご紹介いたします。

 本作は、画面上部に余白をたっぷりと残して蔓草を描くなど柿右衛門様式の遺風を感じさせながら、画面下部には染付素地に赤や金、緑、紫などの上絵で石畳文をびっしりと描いており、金襴手様式の特色も持った過渡的様相を呈している作品です。

 「色絵 石畳蔓草文 皿」で特に目を引くのが、うつわの画面下半分に表わされた石畳文。四角く区切られた枠内には、赤の線描きに金彩を加えて文様を描き込んだもの(②④⑦⑨)と、黒線で幾何学文を描いた上に紫や緑の濃厚な上絵具を塗り埋めたもの(①③⑤⑥⑧)が交互に配置されています。

それぞれの幾何学文に注目すると、分割した四角の中に花のような文様(②⑨)や雷文(⑦)、卍のような文様(③)、七宝繋(①)、四方襷(⑧)、斜線(⑤)などが表わされており、枠内に同じ文様を繰り返し敷き詰めているものと、上下左右に異なる文様を描いているもの(④⑥)が見られます。


 伊万里焼に様々な幾何学文が多用され始めるのは17世紀中頃からのこと。もとは、中国の明時代末(1620~40年代)に景徳鎮民窯で作られた“祥瑞”とよばれる染付磁器から影響を受けた文様であったと考えられますが、様式の変遷とともにその表現も変化していきます。
 17世紀中期に誕生した古九谷様式では、幾何学文を黒線で描き、青や緑、紫などの濃厚な上絵具で文様の上を塗り埋める手法が用いられています。(ex.「色絵 籬椿文 捻花皿」) 続いて登場した、主にヨーロッパに向けて作られた初期輸出タイプには、白地に鮮やかな赤で幾何学文が描かれており、軽やかな作風へと変化しています。(ex.「色絵 花卉文 面取瓢形瓶」) その後、17世紀後半に伊万里焼の主流となった柿右衛門様式では、絵画的な表現を好んだため、こうした細かな地紋はあまり描かれていませんが、元禄期(1688~1704年)に完成する金襴手様式では、幾何学文が再び多用され始めます。「色絵 壽字吉祥文 鉢」では、壽字や宝文の周囲に赤や金をたっぷりと使って石畳文が描き込まれ、煌びやかな印象を与えています。正方形に区画された枠内には、幾何学文だけでなく花などの具象的な文様が描かれており、それまでになかった新しい地紋の表現が生み出されました。

色絵 籬椿文 捻花皿
伊万里(古九谷様式)
江戸時代(17世紀中期)
【第3展示室にて出展中】
色絵 花卉文 面取瓢形瓶
伊万里
江戸時代(17世紀中期)
色絵 壽字吉祥文 鉢
伊万里
江戸時代(17世紀末~18世紀初)
【第1展示室にて出展中】


 「色絵 石畳蔓草文 皿」に立ち戻って幾何学文の表現を比較すると、黒線上に紫や緑の濃厚な上絵具で塗り埋める手法(①③⑤⑥⑧)は、17世紀中期の古九谷様式と、白地に軽やかな赤線で幾何学文を描く手法(②④⑦⑨)は初期輸出タイプと類似しています。さらに、正方形の枠内をさらに分割して幾何学文を描き込む手法や、赤地に金を施した文様と上絵具で塗り埋めた黒線を交互に配す文様構成は、古伊万里金襴手様式とも共通しています。本作に表わされた石畳の表現は、17世紀中期の2つの様式の特色を受け継ぎつつ、次世代の様式へと変化していく移行期の特色を持つ意匠であると言えるでしょう。
 このように、本作では全体の文様構成だけではなく、幾何学文の表現に注目することからも過渡期的要素を持つ作品であることがわかります。

 時代の流行や技術の向上など、様々な条件が合わさって様式が変化した伊万里焼。今展示では、古伊万里金襴手様式をメインに展示しておりますが、第3展示室にて17世紀はじめから19世紀の伊万里焼を年代別にご紹介しておりますので、時代ごとの表現の違いや共通点にも注目し、ご覧頂ければと思います。
(金子)
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