学芸の小部屋

2013年9月号

「過渡期的作風(延宝~元禄)」

「染付虎花鳥文輪花鉢」
伊万里
江戸時代(17世紀末~18世紀初)
高4.9㎝ 口径21.9㎝ 高台径13.2㎝

 現在戸栗美術館では「小さな伊万里焼展~小皿・猪口・向付~」を開催中です。小さな中にもさまざまに趣向の凝らされた江戸時代の伊万里焼を約80点展示。併せて、それらの作品がどのようにしてつくられたのか、成形技法と装飾技法もご紹介しております。
 今回の学芸の小部屋では、第3展示室「古伊万里のすべて」より、「染付 虎花鳥文 輪花鉢」を取り上げ、成形技法・装飾技法の視点からご紹介致します。

 まずは、成形技法に注目してみましょう。本作は、鉢の縁を折り返して折縁とし、口縁を凹ませ輪花形に変形させた浅い鉢。ここで用いられているのは、型打成形技法です。轆轤(ろくろ)を使って丸形の鉢をつくり、土型に被せて上から叩く事で形を変化させています。伊万里焼の初期から使われた技法で、轆轤成形に一手間かけてより美しい器形を生み出す事で、高級品の製作に用いられました。歪みのない精緻な形の本作も、丁寧に手をかけてつくられた高級品であると考えられます。また、本作に見られる輪花形と縁銹の組み合わせは、17世紀後半のいわゆる「藍柿右衛門」と呼ばれる高級染付磁器の特徴と共通しています。
 同じ型打成形技法によって見込に施されているのは、牡丹文の陽刻。素地の美しい白に陰影が生まれ、大振りでふっくらとした花弁の立体感が見事に表現されています。型打成形技法では、あらかじめ土型に様々な文様を彫り込んでおく事で、うつわに陽刻として写し取る事ができます。この技法は17世紀中期から見られ、延宝年間(1673-1681)の白磁製品に多く用いられました。

 次に染付による装飾技法を見てみましょう。内側面に描かれているのは、竹の近くで猫のように軽やかに飛び跳ねる虎、その前方に梅樹に止まる鳥、さらにその前にも空を飛ぶ鳥が1羽。虎の気配を感じて一足先に飛び立ったのでしょうか。それぞれの場面がゆるやかに繋がり、物語の展開を感じさせる豊かな文様表現に仕上がっています。これらを詳しく見ると、繊細な線描、その周りのぼかし濃み、何段階にも分けて塗られた濃淡など、藍柿右衛門に通じる染付技法が用いられている事がわかります。竹虎文や花鳥文は、藍柿右衛門でも頻繁に描かれた画題であり、折れ曲がった幹を持つ梅や、空間に散らされた放射状に広がる竹の葉など細かな部分にもその名残がうかがえます。
 しかし本作には、主題を絵画的に描き余白を残す構図をとる藍柿右衛門とは異なる表現が見られます。それは、内側面の余白を埋めるように草花や雲、竹の葉を散らして描き込んでいる点。多くの文様を描き、華やかな画面に仕上げる事が重要視されたように見える元禄年間(1688-1704)古伊万里金襴手様式に繋がる表現と考えられます。
 さらに文様構成に注目すると、本作は見込・折縁・その2つに挟まれた環状の内側面、といった同心円状に広がるこれら3つの文様帯によって構成されています。藍柿右衛門の、うつわ全体を1つの画面として主題を描くシンプルな構図から、より複雑な画面割りとなった古伊万里金襴手様式への変化と見る事ができるのではないでしょうか。また、見込に大きく配した陽刻牡丹文は、古伊万里金襴手様式によく見られる、見込に大きく描かれた正面向きの牡丹文の表現と共通している印象を受けます。
 このように、本作は延宝年間(藍柿右衛門)の丁寧な成形技法や染付による装飾技法を継承しつつ、元禄年間(古伊万里金襴手様式)の構図や文様表現を垣間見る事のできる、2様式の過渡期的作品と考える事ができます。

 第3展示室「古伊万里のすべて」は、伊万里焼における各様式の名品と、本作のような過渡期的作品を時代順に並べ、様式の変遷を通観できる展示となっております。会期中も少しずつ入れ替えながら、様々な作品をご紹介しています。企画展とは一味違った「古伊万里のすべて」が感じられる展示に、今後もご期待ください。

(竹田)

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