学芸の小部屋

2013年12月号

「玉壺春瓶について」

青磁瓶龍泉窯
元時代(14世紀)
口径7.1cm 高27.6cm

早いもので2013年も残すところあと1か月となりました。皆様いかがお過ごしでしょうか。 戸栗美術館では今月23日(月・祝)まで『館蔵 青磁名品展—翠・碧・青—』を開催しています。

今回の学芸の小部屋では出展品の中から「青磁 瓶」をご紹介いたします。
この瓶の形は「玉壺春瓶(ぎょっこしゅんへい)」と通称され、下膨れの腹に細い頸、ラッパ型に開く口を持つのが特徴です。玉壺春瓶は宋代より陶磁器の器形として現れ始め、元代・明代と時代が下るにつれ、すらりとしたシャープな形から太く重厚感のある形へと変化していきます。本作は、宋代の玉壺春瓶よりも豊かなふくらみを持つ一方で、明代のものほど繊細さは失われておらず、元代らしい均整のとれた形をしています。器体の上には青磁釉が厚くかけられているほか装飾は加えられていませんが、それが却って器形の美しさや、青磁釉のなめらかな質感、一言では言い表せない奥深い色合いを強調し、作品を魅力的に見せています。

さて、この「玉壺春」という変わった名前はいったいどこからきているのでしょうか。中国の研究者によると、唐代以降の詩や詞の中に「玉壺春」や「玉壺春酒」という語句を見つけることができ、いずれも酒の種類・銘柄として記されているといいます(※1)。古来中国では「春」字はしばしば酒の名に用いられており、古典籍の中には「玉壺春」のほかにも「土窟春」「石凍春」などの酒名が見られ、酒好きで知られる李白の詩中にも「金陵春」「大春」「老春」などの酒の名前が登場しています。
「玉壺春瓶」が酒の名にちなんでつけられた器種名だとすると、その用途は酒器であったと想像されます。実際、中国元代の墓葬壁画には、宴会の場面の中で、本作と同様の形をした瓶が机上に置かれたり、従者に抱えられて描き出されており、元代においては、玉壺春瓶は酒を蓄え注ぐための容器として用いられていたことが明らかになっています(※2)。

一方、日本には、鎌倉時代に南宋や元との貿易によって龍泉窯青磁をはじめとする大量の中国陶磁が流入しました。そうした中で日本にもたらされたと考えられる龍泉窯の玉壺春瓶の中には、「花生」の箱書が残されているものもあることから、日本ではこの形の瓶を花器として用いていたことが分かります。
なお、本作は芸州浅野家旧蔵品、上記の箱書をもつ飛青磁は鴻池家伝来(国宝/大阪市立東洋陶磁美術館所蔵)であり、また本作の類品として藤田家伝来の玉壺春瓶も知られています。食膳具に比べ、茶の湯や荘厳に用いられたものは、寺社や名家の中で珍重されるため伝来の明らかなものが多く、その点でも玉壺春瓶の日本での用途を推し量ることができるでしょう。

なお、今月24日からは展示替えおよび年末年始のため休館し、来年1月7日から次回展「鍋島焼と図案帳展」を開催いたします。
皆様良い年末年始をお過ごしください。来年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

※1 施嶸「小議玉壺春瓶名称的由来」『杭州文博』2012年2期
とくに小説『水滸伝』第三十七回「及時雨会神行太保 黒旋風斗浪里白条」の中では、「酒保取過兩樽玉壺春酒、此是江州有名的上色好酒」と玉壺春が江州の銘酒であるとやや詳しく記されています。

※2 1998年に発見された陝西省蒲城洞耳村前至元六年元墓(1269年)の壁画には、玉壺春瓶と匜(い/片口)、盆上に置かれた盃などがセットで使用された情景などが描かれています。
・陝西省考古研究所「陝西蒲城洞耳村元代壁画墓」『考古与文物』2000年1期
・楊哲峰「従蒲城元墓壁画看元代匜的用途」『中元文物』1999年4月

(木野)

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