学芸の小部屋

2014年3月号

「図案帳に描かれた化粧道具」

図1:「図案帳 桜文盃・菊花文盃・牡丹文
盃・梅松葉文盃・蝶菊花文白粉とき」

冬の寒さに耐えた蕾もようやく膨らむ季節となりました。皆様いかがお過ごしでしょうか。

戸栗美術館では引き続き、「鍋島焼と図案帳展」を開催しております。今展でご紹介している図案帳は、江戸時代、鍋島焼の製造を指揮した佐賀藩主鍋島家に伝わっていたもので、鍋島焼などの文様意匠や図面が描き記されています。それらは綴本の形状ではなく、それぞれ、鍋島焼をつくる際の指示書、図面、アイディアブック、または製品化した後の記録など、様々な目的をもっていたと考えられます。そして、皿、碗、煎茶器、文房具など多種多様な器物を描いた図案帳の中には、化粧道具をあらわした図案も複数枚含まれています。
今回の学芸の小部屋では、図案帳3点を取り上げ、江戸後期の代表的な化粧法、“白粉”、“口紅”、“お歯黒”に用いた化粧道具とその使い方についてご紹介致します。



図2:『当盛美人揃之内』[つぼねみせ、みじまい]
歌川国貞筆 1855 東京都立中央図書館特別文庫室所蔵
■白粉(おしろい)
図1左方は「白粉とき」。現代の“ファンデーション”にあたる“白粉”の粉を水に溶かす際の道具です。日本では古来より顔を白く見せるために白粉が使われていましたが、江戸後期には上流階級の女性だけでなく庶民の間にも広まり、その様子は浮世絵にも数多く描かれています。『当盛美人揃之内』(図2)では、鏡台の上に白粉ときが置かれています。図1左下の側面図に記したように、白粉ときの蓋をあけた内側には皿がついており、この皿で白粉の粉と水を混ぜ合わせ、刷毛や掌を使って顔から胸辺りまで塗りました。
浮世絵(図2)中の鏡台の引出には、白粉を入れた紙包が仕舞われています。白粉には「丁子香」「舞台香」「白牡丹」「小町白粉」など様々な銘柄があり、女性たちは白粉の質はもちろんの事、紙包の表面に描かれた役者絵や美人画を見て、お気に入りのものを購入していたようです。
江戸後期の風俗を伝える『守貞謾稿』(喜田川守貞 天保8(1837)年起稿)には、江戸末期には薄化粧が流行したと記されています。天保年間(1830-1844)頃に華美な衣服などが贅沢品として禁じられた事から、女性たちは目立つような濃い化粧を避け、薄化粧になったと考えられています。浮世絵(図2)に描かれた頬に布を押し当てる動作は、白粉が濃くついてしまった部分を手拭でふき取って整えているのでしょう。

図案帳には、図①のような一段の蓋物の他に、口径6㎝程の水注形(出展中)や、図③のような三段重の白粉ときも描かれています。

図3:「図案帳 三段重」
このような小さな段重は伊万里焼に多く、18世紀後半から19世紀には色絵付けと金彩を施した華やかな製品もつくられました。使い方は、最も深い3段目に水を入れ、別の1段に白粉の粉、残った1段はそれらを混ぜる皿として用いたようです。図③の段重の外側面に見える文箱は、江戸時代に嫁入り道具とされた器物。その蓋部分に三重県伊勢市にある二見興玉神社の夫婦岩を描いている事からも、嫁入り道具にふさわしい白粉ときと言えるでしょう。もしかすると、鍋島家のお姫様が嫁ぐ際の嫁入り道具として、特別に誂えた品の図案なのかもしれません。

■口紅、お歯黒
白粉と並んで江戸後期に広く行われた化粧法に、口紅とお歯黒があります。口紅は、“紅皿・紅猪口”と呼ばれる小皿や小さな猪口の内側に紅を塗って乾かし、

図4:「図案帳 折枝桜文・鯛文 盃」
それを少しずつ溶かしながら唇に塗っていました。図2鏡台上には、紅猪口と思われる猪口がふせて置かれています。図1右方の猪口も、紅皿に近い丸みを帯びた器形で描かれています。
お歯黒は、原料である五倍子粉(ふしこ)が大変渋く、お歯黒を塗った後に口をすすぐ必要がありました。ここで”嗽(うがい)茶碗”として用いられたのが、盃に近い器形で、口径15㎝程の大振りな磁器製の碗でした。これらの化粧道具は、必ずしも専用の道具を使っていた訳ではなく、猪口、碗、皿などから気に入ったものを転用して用いる事もあったと考えられます。図案帳の中には、多少大きさは異なりますが、嗽茶碗として転用可能な盃も数点見られます(図4)。

図案帳に描かれた化粧道具の多くは、女性の好みそうな細やかな文様、繊細な色付け、さらに余白をたっぷりと取った構図で全体を品良く柔らかな印象に仕上げています。これらの図案からは、現代の女性同様に、江戸時代の女性たちが化粧道具にこだわりを持ち、お気に入りの道具を使って化粧を楽しんでいた様子が垣間見えてきます。

現在開催中の「鍋島焼と図案帳展」では、会期中、毎月、図案帳を13点ずつ入れ替えてご紹介しております。今回ご紹介した3点の展示期間は既に終了していますが、3月1日(土)からは、図1、3とは異なるタイプの白粉ときや、図4と類似した盃の図案も展示致します。どうぞお見逃しなく。(『鍋島焼と図案帳展』は3月30日(日)まで。)

<図2:参考資料>『当盛美人揃之内』[つぼねみせ、みじまい]  歌川国貞筆 1855 東京都立中央図書館特別文庫室所蔵上記掲載の作品画像について、所蔵先に無断で複製・転載・二次使用する事は固く禁止されています。<参考文献>ポーラ文化研究所発行 1989 『ポーラ文化研究所コレクション2 日本の化粧—道具と心模様』/陶智子著 2005 『江戸美人の化粧術』/前山博著 1992 『鍋島藩御用陶器の献上・贈与について』/佐賀県立九州陶磁文化館発行 1994 『「よみがえる江戸の華」展—くらしのなかのやきもの—』図録

(竹田)

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