学芸の小部屋

2015年11月号

「第8回:濁手」

 お庭の木々も少しずつ色づきはじめ、紅葉の季節の訪れが感じられるようになりました。皆様いかがお過ごしでしょうか。
 戸栗美術館では、現在「柿右衛門・古伊万里金襴手展」を開催いたしております。17世紀後半から18世紀前半にかけて、伊万里焼の海外輸出が盛んに行われた時代に展開した2つの様式の名品、約70点をご紹介。見どころのひとつが、柿右衛門様式の典型作の明るい赤色をふんだんに用いた絵付けと、それが映える美しい純白の素地「濁手素地(にごしできじ)」です。「にごしで」の漢字には「濁手」のほか、「乳白手」や「米白手」が当てられています。極力青味を取り除き、温かみをも感じさせる白い素地を表すのにふさわしい言葉といえるでしょう。しかしこの言葉は江戸時代の文献に登場せず、いつから使われ始めたのか、実はよくわかっていません。今回の学芸の小部屋では、「にごしで」という言葉がいつ頃誕生したのか、近代の文献から探ってみたいと思います。

 伊万里焼の学術的な研究が始まったのは大正年間のこと。その契機となったのは大正3年(1914)の陶磁器研究会「彩壺会(さいこかい)」の設立と言われています。その創立者として著名な大河内正敏(おおこうちまさとし)氏が著した、大正5年(1916)刊行『柿右衛門と色鍋島』より「柿右衛門の作品と其特徴」の章を見てみましょう。

 「柿右衛門を見る人の、先第一に感興を起す處は、其地肌にある、其素地であると、自分は信じて居る。玲瓏たる乳白の光澤ある素地は、何とも云へぬ温味のある、柔らかい快感を興へる許りでなく、夫れに觸れた時の、觸覺の愉快さをも聯想させる。而も白高麗や饒州窯の様に、稍透明の處がないから、冷やかな、技巧に走り過ぎた様な、感じを起させずに、飽く迄落ち附いて居る。」
 濁手素地に触れた時の感覚まで伝わってくる文章ですが、「にごしで」の語は使用されておらず、「乳白の光澤ある素地」という表現がされています。この他、大正9年(1920)出版の美術商・足立欽一氏が著した『書画骨董あきめくら』を見ても、柿右衛門様式の作品に対して「其素地に至っては乳白(にゅうはく)な美しい感じを得させるもの」と表現されています。これらを参照すると、大正年間にはまだ「にごしで」という語は誕生していないようです。

 それでは、昭和年間はどうでしょうか。先ほどご紹介した大河内正敏氏の『柿右衛門と色鍋島』は昭和4年(1929)に改訂版が出版されていますが、やはり「にごしで」の表記は見られません。
 一方、同じ昭和4年に刊行された雑誌『美術新論』中、浮世絵師・版画家の山村耕花氏による「柿右衛門雑話」に興味深い記述があります。
 「併し柿右エ門はその模様に赤(柿色)、金等の色が多く使はれてゐるため、日本のものとして、比較的派手なものであります。乳白手と稱する白い地膚に柿色を帯びた赤い模様が、極めて上品に藝術味豊かな線で描かれてある…(後略)…」
 ここに「乳白手」という語がようやく登場します。しかし問題はこの読み方。「にゅうはくで」と読むのか、「にごしで」と読むのか、残念ながら送り仮名が振られていないため判断できません。
それでは、確実に「にごしで」の使用が確認できるのはいつのことでしょうか。

 さらに時代を下って昭和13年(1938)に刊行された、九州の陶磁器を体系的に紹介する『九州陶磁』の中、陶磁器研究家・金原京一氏「柿右衛門焼」には次のように記されています。
「…(前略)…従来の磁器製作に、新しく又工夫を加へて、一種の濁シ手燒を創作致しました。…(中略)…釉薬薄くしてやゝ乳白色を呈して居ります」
 さらにその翌年、昭和14年(1939)刊行の柿右衛門窯の工房などを撮影した写真集『柿右衛門寫眞集』には、「濁シ手燒(米の研ぎ汁に近い稍黄味を帯びたる素地にて、赤繪の素地として最適のもの)」という記述が、また昭和18年(1943)の『原色陶磁大観』には「柿右衛門の作と傳ふるものに二種類ある、一は乳白素地で他はやゝ青味を帯びた染付である。前者を世上濁手と呼んで居る」とあります。これらの文献から、「濁シ手(にごしで)」という語は少なくとも昭和13年までには使用が始まり、以降広まったと考えられます。
 なお、昭和18年刊行の『名陶大観』には「世に乳白手(ニゴシデ)と呼ばれる乳白色の素地面に…(後略)…」
と「乳白手」を「にごしで」と読むことが示されています。
 以上から、「にごしで」という言葉は昭和に入ってから使われ始めたと考えられます。また、その技術は長らく途絶えていましたが、戦後まもなく12・13代酒井田柿右衛門によって復興され、昭和46年(1971)に「柿右衛門(濁手)」の名称で国の重要無形文化財に指定されました。現在「にごしで」という言葉は、柿右衛門様式の古伊万里の中でもとくに美しい純白の素地や、現代の柿右衛門窯の製品の素地を表現するのに広く用いられています。
 なお、「にごし」とは、『全国方言辞典』(東條操編/東京堂出版/1951)によれば「米のとぎ汁」を指す言葉で、佐賀県のほか、新潟県や石川県、福岡県等でも使用されています。



(黒沢)

【参考文献】
『やきもの事典』平凡社1984/矢部良明ら編『角川日本陶磁大辞典』角川書店2002

Copyright(c) Toguri Museum. All rights reserved.
※画像の無断転送、転写を禁止致します。
公益財団法人 戸栗美術館