学芸の小部屋

2016年11月号

「第8回色絵牡丹文ディナーセット」


 当館では今展期間中、「色絵 牡丹文 ディナーセット」を1階ミュージアムショップにて数量限定販売しております。こちらは磁器作家の望月優氏によって、当館所蔵の「色絵 牡丹文 瓶」(17世紀中期 高47.0㎝ 画像①)をもとに、デザイン及び制作をしていただいたオリジナル商品です。

 望月優氏は京都精華大学造形学科卒業後、佐賀県立有田窯業大学校にて轆轤(ろくろ)と絵付けを学ばれ、その後、奥川俊右衛門に師事。2006年に有田町泉山にて独立され、昔の技法と今の技法を駆使した独特の世界観を持った作品を制作されています。2015年、手ろくろ成形 一級技能士取得。戸栗美術館では2015年、2016年に個展を開催。2016年には、有田国際陶磁展・産業陶磁部門で朝日新聞社賞を受賞されるなど、高い評価を受けていらっしゃいます。

 今回の学芸の小部屋はこれまでとは趣向を変えて、本ディナーセットの制作にあたるお話を中心に、現代の色絵について望月優氏に取材させていただいた内容を記事にして掲載致します。       

※以下は2016年9月22日(木)に行った戸栗美術館での取材内容を編集したものです。

——本日はどうぞよろしくお願い致します。
望月
 よろしくお願いします。


——まず、現代の色絵、上絵付けについて最初の工程から教えてください。
望月
 はい。上絵付けの工程ですが、まず手の脂や埃が上絵を弾いてしまうので、本焼きが終わったうつわを水で洗います。人によってやり方は違うんですけどね。洗わない方が良いっていう人もいますし。僕は手とかも、脂があまり付かないように何回も洗っています。手の脂が付いている状態で焼いてしまうと、(脂が付いてしまった部分が)痕になってしまうんです。特に今回はディナーセットということで、白磁の美しさを意識しました。なので、手痕などが付かないように特に気をつけましたね。


——素地が焼き上がってすぐに描き始めるわけでは無いのですね。
望月
 はい。洗ったら下絵を描いていくのですが、今回は仲立ち紙(※)を使いました。


※仲立ち紙・・・下絵用の型紙。同じ文様を繰り返し描くためなどに用いられる。紙に墨で文様を描き、それをうつわの表面にあてて擦ると、素地に文様が写し取られ、下絵となる。墨は焼成によって焼き飛ぶ。

——仲立ち紙にはどのような素材を使うのですか?
望月
自分が使っているのは竹紙(ちくし)です。和紙も使いますが、竹紙の方が丈夫で薄くて切れないので。墨は桐灰(きりばい)を使って描いています。これは、身近なところではカイロとかに入っていますね。ひょうたんとかを墨にしてやっている人もいるんですけど、桐灰は定着が良いので。
それから、下絵をうつわに写すのも、いろんなやり方があって、僕は手で仲立ち紙を擦って写しています。このとき、全部おなじ方向に擦ると上手くつかないので、いろんな方向から擦るのがコツです。昔は、椿の葉などで擦っていたようですね。余談ですが、和紙や竹紙って結構高いので、昔トレーシングペーパーで代用できないか試してみたことがあるんです。けれども、これでは上手く器面に定着しませんでした。やはり素材は大事ですね。


——下絵段階で文様をすべて器面に表しておくのですか?
望月
いいえ、全部は描きません。おおまかに描いて、後で調整します。下絵を描きすぎると、逆に上絵具で描くときに邪魔になってしまったりするので。感覚としては薄くあたりを描いておくイメージです。

 下絵を写し取ったらまずは上絵具で輪郭線を描いていきます。線は線描き用の黒と赤の絵具で行います。この線描き用の絵具のことを「描き黒(かきぐろ)」とか「描き赤(かきあか)」と言いますね。モチーフの描く順番は、今回は、メインの花を先に描いて、そこから文様を広げていく感じで描いていきました。

 ちなみに、今僕が使っている絵具は、鉛成分を含まない無鉛のものなんですが、「色絵 牡丹文 瓶」の赤は無鉛だと出せません(画像②)。本当はこういう赤の方が綺麗だったりすると思うんですけどね。この緑も毒々しく感じるほど、鮮やかというか鮮烈というか。有鉛の方がこういう強い発色になるんです(画像③)。しかし、今は基準にひっかかるので無鉛が主流ですね(※)。


※鉛成分は酢などの酸で僅かに溶け出してしまい、摂取すると体内に蓄積して中毒症状を引き起こす可能性がある。現在では安全のため、食器に使用する絵具は鉛含有量の規定がされており、これを超えてはならない。そのため、陶磁器の上絵具も鉛成分を含まないものが開発され、主流になっている。但し、現在でも花瓶など食器以外の陶磁器などには有鉛の絵具が使用されることもある。

——現代だと「色絵 牡丹文 瓶」のような発色にするのは難しいのですね。
望月
 そうですね。やっぱりどうしても無鉛のは絵具の成分が分離しやすくって。なるべく混ざるように混和剤を入れたりしてますね。
昔の鉛の多い絵具の方が、やっぱり描きやすいし、鉛の入ったものの方が発色は良いんですよ。


——なるほど。成分によって発色だけで無く、制作上の描きやすさも変わってくるのですね。

——線描きのあとは中を塗り埋めていくのですか?

望月
 はい。ちょっと専門用語でわかりにくいかもしれないのですが、輪郭線の中を盛絵具(もりえのぐ)で塗り埋めることを「具濃(ぐだみ)」と言います。盛絵具とは、字のごとく表面に盛るための絵具です(右図参照)。今回だと、黄色や緑がこれにあたります。盛絵具は、粉状の絵具に少しずつ水を足していって、大体マヨネーズくらいの固さにしておきます。それを筆に溜めて、器面に置いていくんです。この時、この葉っぱの部分(画像④)とか、緑と黄色が接しているところがあると思うのですけど、どっちかが先に乾燥してしまった状態で塗ると剥がれてしまうんですよ。



——それは、後に塗った絵具が剥がれてしまうのですか?
望月
 いえ、どっちもです。例えば、緑を先に塗って、完全に乾かしてから黄色を塗るとするじゃないですか。そうすると、焼いた時に両方とも剥がれてしまうんですね。どっちも濡れた状態でないと定着しないので、その辺は考えながら色を置いていかないといけませんね。あとは、乾燥したあとに何かの拍子に水に触れてしまうと剥がれますね。基本的に1回乾燥した物は水分が天敵です。

——完全に濡れたままでは色が混ざってしまいそうですが、 少しは乾かしますか?
望月
 はい。なんというか、完全に乾燥して白くなってしまったらもう他の色は置けないんです。自分は全体に絵具を載せたいので(境界部に塗り残しを作りたくないので)、うつわを軽く叩いて、振動で絵具を動かしながら均一にしていきました。あと、これを行うことで盛った絵具の厚みを一定に出来るので、色がムラなく均一に見えます。そのうえ絵具の剥がれ防止にもなるんですよ(右図参照)。今回、緑と黄色は大体同じタイミングで絵具
を置きましたね(ディナーセット/右画像)。




——なるほど。それで自然なニュアンスで賦彩されているのですね。
望月
ええ。あと、これは失敗例ですが、逆にあまり乾いてない時に窯に入れてしまうと、「ぶく(気泡)」が起ってしまうというか……。やっぱり焼成の時には完全乾燥してから窯に入れないと、焼成中に絵具の温度が上がりきらなくて完全にガラス化しないみたいなんです。具体的には、完全にガラス質にならなくて色が濁って、くすんだ発色になるんです。こうなると具濃の下に描いた葉脈とかも見えなくなりますね。マットというか、透明感が無くなるので。


——確かに当館所蔵品の色絵作品の中にも、上絵具の透明感が少ないものをたまに見かけますが、そういった理由だったのですね。

——ところで、古伊万里の色絵製品には黒い線描きの上に重なるよう、具濃を施しているものがありますが、今回は輪郭の中に具濃を施しているのですね。
望月
 ええ。自分はどっちかっていうと、輪郭の中に塗り込みますね。覆っちゃう人もいるんですけど、自分は輪郭を際立たせたいので。それから、絵具の中でも”強さ”があると思うんですよね。例えば具濃は結構強いんですけど、描き赤が一番弱いとか。


——絵具の強さとはどういうものなのでしょう?
望月
 ちょうど「色絵 牡丹文 瓶」に良い例が。この花の部分、牡丹の花の花脈の先が黄色い絵具で縁取られていますよね。これって、描いていた時は花の輪郭線ぎりぎりまで花脈がのびていたと思うんです。でも、黄色で消してしまっているんです。描き赤より黄色の方が強いので、焼いて混ざり合うときに描き赤が黄色の具濃に負けて、絵具が重なっている部分の赤色は消えちゃうんですよ(画像⑤)。


——確かに、黄色の絵具が塗られている部分でぷつっと赤の線が切れていますね。
望月
 はい。結構きれいに黄色いところで切れているので、そうじゃないかなって。これは僕も今回、牡丹の花を描くときに同じようにやってみて分かったことですが。


——黄色い絵具のところで赤い線描きを止めているのだと思っていました。
望月
 そうですね。だから、そういうのもおもしろいですね。焼成後のものだと全然分からないですね。
体感的には描き黒が一番強くて、たぶん次に具濃、描き赤が一番弱いように思いますね。それに加えて、赤っていうのは扱いが難しい絵具なんです。赤は特に摺りすぎると茶色くなったりします。上手い人は同じように摺っても真っ赤にできますけど。


——その発色の違いは粒子の細かさが関係しているのでしょうか?
望月
 なんというか、(摺るときに)熱をこもらせ過ぎるとだめなんだそうです。なので、乳鉢を回しながらなるべくこう、手の熱が絵具にいかないように何度も何度も持ち直しながら、(乳鉢を)回しながらゆっくり摺りますね。


——作った絵具を保存できる期間はどのくらいなのでしょうか?
望月
 うーん。勘ですけどね。古い物は(描いている時に)延びが悪くなったり、剥がれてしまったりしますね。よく言われるのは、使えるのは、1回だけということですね。都度、作らないといけないということでした。今回、具濃用の絵具は冷蔵庫とかに入れてみたんですけども、全く保存が利きませんでしたね。


——絵具の管理も大変なのですね。

——ちなみに、古伊万里の色絵作品で、黒の線描きの上に具濃を被せるのは、黒い絵具の剥落を防ぐためと考えられていますが、今のお話を伺っていると、現代の黒い絵具は特別剥落しやすいということはなさそうですね。如何でしょうか。
望月
 うーん。特には無いと思うんですよね。昔との違いは分からないんですけど。でも今、特別その色だけが取れやすいっていうことはないと思います。
僕は骨董集めるのも好きなんですけど、言われてみると結構黒色が剥落しているもの、ありますね。


——ここまで絵付けのお話を伺って参りましたが、今回、焼成回数もこだわられたとお聞きしました。詳しく教えていただけますか?
望月
 こだわりというほどのことではありませんが、線描きが終わったら乾かして一度焼きます(800~820度程度)。昔は全部上絵付けが終わった後で一度に焼いていたと思うのですが、今の主流としては、線描きと具濃で別々に焼いています。


——何か理由があるのでしょうか。
望月
 はい。線描きの中を塗り埋めたり、線の上に絵具を載せるときに、どうしても線描きの黒色を引っ張って汚い仕上がりになってしまうのです。線が無くなってしまうこともあります。昔の作品だとこれも味になるとは思うのですけどね。今回はそういうことが起こらないよう2回に分けて焼きました。ちなみに普段制作をする時は味を残したいので1回で焼いています。
例えば、前回の戸栗美術館での個展(2016年7月2日~2016年9月22日)に出展していた「カケラシリーズ」のコーヒーカップ、あれは1回だけで焼いています(コーヒーカップ/右画像)。


——なるほど。それによって古いカケラの質感が表れるのですか。作品の性格によって焼成回数や制作の手順を考えて変えているのですね。

——今回のディナーセットでは上絵具の発色などを見て素地や釉薬を選ばれたのですか?
望月
 実は今回、初めは瀬戸の方で作られたプレートを使おうと考えていたんですね。瀬戸の方がプレートとかは多くて、有田の方はあんまり作っていないんです。瀬戸の方が釉薬が硬いのでフォークやナイフで傷がつきにくいんです。これがプレートに向いている理由です。
 対して有田は釉薬が柔らかいんです。なんでしょう。温度の問題なんですかね。なので、有田の釉薬は傷になりやすいんです。でも、上絵が載りやすいというメリットがあります。
例えば多治見の素地は、有田で調合した上絵具だと載りません。そういう釉薬や素地と上絵具の相性って確かにありますね。今回は上絵の発色が良い有田のものを使っています。


——釉薬と上絵具の相性もあるのですね。ちなみに、有田の釉薬が柔らかいといっても、普段使いに支障はないのでご安心ください。

——ここまで色絵の工程や絵具の性質についてお話していただいていたのですけど、ディナーセットの制作にあたって、モチーフである「色絵 牡丹文 瓶」の色合いや雰囲気に近づける為に気を付けたことなどを教えてください。
望月
 まず、牡丹の花がおもしろいなって思ったんですね。あんまり文様化されていないというか、割と勢いがあったり華やかだったりしていて。特に牡丹って古伊万里の中でもいっぱい文様化されているんですけど、この作品の牡丹はひとつとして同じ物がないデザインで、そこに面白みを感じました。この「色絵 牡丹文 瓶」は全部の絵付けが終わってから一度に焼いているので、すごく良い味というか、勢いとかがあるんです。そういうの、ディナーセットでも出せたらいいなと思いましたが、難しいですね。線の速さとか、うまいんですよ。


——確かに「色絵 牡丹文 瓶」に描かれている牡丹は輪郭線や花脈に勢いがありますね。まるでお花の綻ぶ様を間近で見ているかのようです(※会期中、第1展示室にて器面全体をご覧いただけます。)
望月
 ええ。筆が結構鋭いというか、色の抜け方とか……例えば、花びらの輪郭線、本当は途中で止めながら描いた方が楽なんですよね。でも、この作品は全部勢いで、すっすって描いてる。筆を一旦巻いた方が勢いは出るのに。それに、大きい作品なので失敗もできなかったと思うんです。
同じように描くのは難しかったです。上手過ぎるというか、どうしても模写みたくなるとつまらなくなってしまうなって。自分なりに雰囲気を意識しながらやりました。
あと、元の作品が日本のもの、和のモチーフなので、あんまりディナーセットの洋の雰囲気の邪魔になってはいけないなというのもありました。いろんなパターンを試作してみてシンプルな方が良いかなと思い、現在の3パターンに落ち着きました(ディナーセット/下画像)。




——では最後に、「色絵 牡丹文 ディナーセット」について、皆様にご覧いただきたい、特にこだわって制作された部分などを教えてください。
望月
 特に見ていただきたいのはデザインですね。さっきと重複しますけど、「色絵 牡丹文 瓶」はとっても華やかな作品なのです。これをイメージして作りましたが、オリジナリティというか、文様を自分なりにアレンジしてます。その華やかさが伝われば嬉しいですね。そして牡丹という和のモチーフを描いていますが、ディナーセットは洋の食器なので、(洋食器を使う機会の多い)現代でも使っていただければと思います。
それから、一番大事なところですが、現代ではあまり手描きって見なくなってきてしまっていると思うんです。今回はすべて手描きで描いているので、それぞれニュアンスの違いや、線の味など、一つ一つ同じように描いているのに違うっていう部分を見つけてください。そういう手描きの良さを楽しんでいただけたらと思います。


——完成品を拝見しただけでは、想像がつかないほど研究を重ねられているのがお話から伝わってきました。作られた工程を作り手に直接伺うことで、初めて分かることが多く、とても勉強になりました。ありがとうございました。

 今展の目玉となる「色絵 牡丹文 瓶」は第1展示室に出展中(出展№1)。展示と併せて、望月優氏の手掛けられた「色絵 牡丹文 ディナーセット」も1階ミュージアムショップにて、ぜひお手にとってご覧くださいませ。それぞれの色絵の味わいをお楽しみいただければ幸いです。

(小西)



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