学芸の小部屋

2017年2月号

「第11回:磁器それとも陶器? 初期の水指が語ること」

 開館30年を迎える戸栗美術館では、その30年間に新たに蒐集した優れた蔵品も数多くありますが、開館4年目に学芸員として勤めさせていただいた私にとっては、開館当初からある古顔?の作品たちに愛着があり ます。その中の一つ、「染付 山水文 水指」は、穏やかな形、柔らかな染付の色、少し煤けたような磁肌をしていて、一見地味ながら心魅かれる作品です。(画像①)  17世紀中期に差しかかる頃に作られた水指で、幅広い作風と装飾技法を持った百間窯(武雄市山内町)の製品と考えられます。じっくり眺めてみましょう。まず、正面の図が印象的。家屋から立ち上る煙のような渦巻きの様子は、山水画の範疇を超えるデザイン性です。山間の図と思いきや、脇、裏面には波、岸には網干も描かれ、海辺の景色であることが分かります。すると煙を吐く家屋は塩を焚く「釜屋」で、渦巻いているのは海水を煮詰める湯気なのかもしれません。肩の上面には花唐草が描かれているのですが、花と、リボンのようにクルクル伸びる蔓の様子が珍しく、ここにも独自のデザイン性を感じます。蓋のつまみは何かの実のよう。部分的に鉄を塗って木の実か根菜のような雰囲気を出しています。両脇に付けられた耳は、獅子の顔。彫りが浅くて少し分かりにくいのですが、フニッと結んだ口元、可愛く上を向いた鼻先、なかなか愛嬌ある獅子面で、型で作って貼り付けています。(画像②)文様にしても細工にしても、丁寧に、かつ伸びやかな勢いをもって作られた優品です。
 さて、この磁肌がところどころ灰色に煤けて見えるのは、なぜでしょう。じつはこの作品は陶胎染付と呼ばれる、鉄分の多い陶器質の素地に白化粧土を掛けて焼き上げたもの。白化粧が薄い部分は素地が透けて、灰色に見えているのです。細かく観察すると、白化粧土の流れ、溜まり、掛け残りなどの動きが浮かび上がって来ます。内側は白化粧をせずに透明釉を掛けているため、鉄の黒い点々が無数に飛んだ灰色の素地(画像③)、無釉の蓋裏や高台には赤い土が顔を覗かせています。そして陶器質の素地、白化粧土、透明釉の収縮率の異なる組み合わせにより貫入が生じます。(画像④)磁器といえばガラス化する白い素地に透明の釉が掛かったものですが、硬く滑らかな白磁と異なる、この水指の肌の柔らかな印象の訳は、ここにあるのです。  17世紀初頭に磁器焼成に成功した肥前地域ですが、こうした陶胎の製品も焼いています。まず、質のよい陶石が手に入らなかったので、有色胎土の色をカバーするため白化粧をしたことが考えられます。確かに有田泉山の良質な陶石は使用が制限されていて、とくに武雄地域の百間窯などは地元の土を合わせて使ったと思われます。一方で、陶胎のものは貫入が入り味わいがあって茶道具として好まれた、という説があります。この水指などは文様も丁寧な手のいいものですから、味わいを目指してあえて陶胎、と考える方が尤もです。

 ここで、17世紀初頭に誕生した日本初の「磁器」が「伊万里焼」なら、この陶器質の素地の作品は伊万里焼ではないのか?という疑問が出てくるかもしれません。伊万里焼は、日本初の磁器と呼ばれていますが、当時の人々は「磁器」と「陶器」をどのように区別していたのでしょうか。そもそも、現在の私たちが使っている磁器、陶器の定義は明治になって成されたもので、江戸時代には「磁器」という名称は使われていません。例えば寛政11年(1799)刊の『日本山海名産図会』では、諸国名産のうち「陶器(やきもの)」として肥前國伊萬里焼が紹介されています。じつは江戸時代のやきものは、「陶器」と「土器」だけで呼び分けられていたのです。釉が掛かったものが「陶器」で、ただし焼成温度や土の違い、産地の違いで、硬い陶器、軟らかい陶器の区別は生じたことでしょう(この硬軟の違いについては陶磁原料学的に掘り下げたいところですが、それはまたの機会に)。連房式登り窯で高温焼成した肥前産陶器は硬い陶器、それが唐津焼と伊万里焼です。このうち、中国磁器風に白くて青い絵の書いてあるものが伊万里焼、という認識でした。だから陶胎であっても、この水指は伊万里焼なのです。
 白化粧したり、白濁釉をかけたり、はたまた素地の白さを際立たせた完璧な白磁があったり。初期の伊万里焼には質に幅がありました。それが17世紀前半のうちに、中国景徳鎮窯の磁器と同じ、ガラス化する白い素地に高火度の透明釉を掛けた、現在の概念と一致する「磁器」として統一、完成されます。これ以降の伊万里焼は確かに磁器、だからその始まりが磁器の始まりと言われる訳ですが、初期の伊万里焼は、現在言うところの磁器とは少々様子の異なったものを含んでいました。初期伊万里のことを技術が未熟とか未完成とか言いますが、そうではなくて、磁器というものの捉え方の違い、と考えることが出来るかもしれません。新たな視点を、この水指が教えてくれています。

(戸栗美術館 学芸顧問 森 由美)
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