学芸の小部屋

2017年6月号
「第3回:辰砂と上絵の赤について」

 初夏の風が心地よい季節となりました。皆様いかがお過ごしでしょうか。戸栗美術館では5月27日(土)より『17世紀の古伊万里-逸品再発見Ⅰ-展』が始まりました。17世紀初頭に誕生した伊万里焼。その誕生から約100年の変化に注目し、色やかたち、装飾様式の移ろいから多様な伊万里焼の姿を再認できる展示です。

 その出展作品のうち二点をとりあげます(画像①)。左側は「辰砂 草花文 瓶」(17世紀前期 高12.2cm)で、右側が「色絵 丸文 瓢形瓶」(17世紀中期 高21.7cm)です。この二作品は製作年代が異なり、前者は造形や絵付けに草創期らしい自由闊達さがみられるのに対して、後者には整った器形や素地の白さ、磁肌のつや、圏線の描き方など数十年間での製作技術の進歩がうかがえます。絵付けの赤色も前者より鮮やかです。しかし、この両者で異なる赤の発色は単なる絵付け技術の向上による違いではありません。今回の学芸の小部屋では、伊万里焼の赤の絵付けについて詳しくみていきたいと思います。

 伊万里焼に赤色で絵付けを施すには、下絵付けと上絵付けの2つの方法があります。この下と上というのは、釉薬の下か上かという意味で、釉下に絵付けがあれば「下絵付け」、釉上に絵付けがあれば「上絵付け」と呼ばれます。 下絵付けは素地に直接絵付けを施し、その上から釉薬をかけ焼成します。焼成すると素地上に施した顔料は釉薬に溶け込み、その色を発するのです。つまり、釉薬なしには望む色を表すことができません。下絵付けの技法の一種、辰砂で装飾された「辰砂 草花文 瓶」を見てみましょう(画像②)。本作は、磁肌と絵付けの境界がぼやけていますが、絵付け部分の表面はなめらかです。まさに釉内に絵具が溶けこんでいる様子が分かります。また、下部圏線上で釉薬のはげてしまった部分は、素地が露出し、周辺に見られるような褐色には発色していません(画像③)。

 対して上絵付けは完成された磁肌の上に文様を描きます。その後に、800度程度の低温の窯で再度焼成を行い絵具を焼きつけるのです。上絵付けは、絵付けが露出しており、磁肌の白と絵付けの赤との境界線が明確です(画像④)。また、本作の表面を触ると絵付けされた部分に凹凸があり、絵付けが器面に張り付いている印象を受けます。そのためとれやすく、「色絵 丸文 瓢形瓶」にも擦れたような剥落した部分が見られます。
 先ほど観察した境界線の明瞭さの差も、絵付けが表面に張り付いた様子も、釉薬と絵付けが浸潤する下絵付けと、釉上に絵付けが施された上絵付けの違いから生じたものです。絵付けの技法の違いが、二作品の絵付けの様子に違いを生んでいました。

 では、次に色についてみていきましょう。「辰砂 草花文 瓶」には褐色で表された伸びやかな草花文と、その外側に向けて淡く赤がグラデーションになっている部分があります。特に後者は描かれたというよりは滲んだように見えます(画像⑤)。対して、「色絵 丸文 瓢形瓶」は明るい赤色です。瓶の上部は赤、緑、黄色の3色の上絵付けで、車輪・桐・葉が三方に描かれており、下部には下絵付けの染付で青く塗りうめた上に赤の上絵で虫文が描かれています(画像⑥)。文様は全て赤で輪郭を取り、中を塗りつぶした部分や瓶の据部の圏線の赤を見ても色味は均一です(画像⑦)。このように、二作品はそれぞれ違う赤色を呈しています。
 やきものに色をつけるには、呈色剤が必要になります。それぞれ何を用いているのでしょうか。
 下絵付けで赤い装飾を施したやきものを日本では「辰砂(※1)」と呼び、呈色剤に銅が用いられます。焼成前は銅の酸化物である黒色の酸化第二銅の状態で用いられ、そこから、還元焼成(※2)を行うことで酸化第一銅に変化し、赤色を呈するのです。対して、上絵付けの赤は弁柄、つまり鉄の酸化物である酸化第二鉄の赤色です。用いる呈色剤が違えば、生じる色味も異なります。
 もう少し詳しく見ていきましょう。17世紀前期には「辰砂 草花文 瓶」のような小ぶりな瓶に辰砂で絵付けを施した製品がよく見られますが、その多くが褐色です。このように絵付けが褐色である要因として、酸化第二銅から酸化第一銅へと至る還元焼成を安定して行うことができなかったことが考えられます。特に、伊万里焼で多く辰砂が焼かれた17世紀前期は伊万里焼の草創期にあたり技術的に未熟な時期でした。
 また、赤色の部分について、描いた絵付けの外側に滲んだような赤が生じる現象は、銅の蒸発温度が関係しているようです。銅の蒸発温度は1273度ですが、磁器焼成のために必要な窯中の温度は約1300度ほどであり、銅の蒸発温度を超えてしまいます。すると、銅が揮発し、その成分が絵付けの周辺に及ぶことで、本作に見られるような赤色の滲みが生じることもあるようです。

 加えて、酸化第二銅は酸化焼成を行うと、織部焼にみられるような緑青色にもなります。本作も下部圏線の左側から中央にかけてわずかに緑がかっており、ここでは十分に還元焼成ができなかったのでしょう(画像⑧)。
 本作一つとっても、現れる様々な色から銅という呈色剤の難しさが垣間見えます。同時に、思うままにならない辰砂の姿には後世の規格化された磁器にはない自然性が感じられます。

 続いて上絵具についてみていきましょう。上絵具について簡単に説明すると、800度程度で溶けるガラスに呈色剤を加えて作られたものです。それが、窯の中でガラスと呈色剤とが熔融し色ガラスの膜となります。「色絵 丸文 瓢形瓶」の細部をみると、確かに緑と黄色の上絵部分にはガラス質の透明感があります。しかし、赤はマットに仕上がっています(画像⑨)。これは赤の上絵具が、呈色剤の弁柄に対して、接着剤としてガラスを少量加えたものであり、焼成してもガラス化しないためです。

 このガラス化しない性質が「色絵 丸文 瓢形瓶」に見られる均一な赤色に関わってきます。緑や黄色などの上絵で色を濃く発色させるには上絵具を盛り上げねばなりません。 そのため、ガラスに厚い部分と薄い部分とが生じると、色ムラが生じることもあります。一方で、赤は弁柄をそのまま焼き付けているので、ムラの少ない色味で描くことが可能です。加えて、厚く盛り上げずとも濃い発色をできるといった理由から、上絵の線描きには赤が多用されています。
 赤色の明暗は、上絵具の精製具合によって変わるため、辰砂ほど窯の中で影響を受けません。この赤の色味は時代によって流行が変わりますが、本作では輝くような白い磁肌が明るい赤色を引き立てており、 辰砂にはない軽快さが感じられます。

 赤の上絵付けはその開発以来、伊万里焼の様々な製品で盛んに使用されてきました。一方、辰砂はその性質上安定して焼くことが難しかったようで、伊万里焼では17世紀後半頃からあまり製作されていません。しかし、明治・大正時代には各地の陶工たちによって研究がなされ、現在では辰砂を用いた作品を制作されている作家さんもいらっしゃいます。
 はっきりとした赤でより鮮明、細密な表現ができ、文様や描画に長けた上絵の赤。深く落ち着きのある赤で、窯の中の様子がそのまま反映された色の変化を見せる辰砂。両者は白い磁器に対して赤い色を添えるという点では同じであるものの、その技法や発色は全く異なっており、それぞれ長所や魅力を持っています。

 こちらの二作品は第一展示室に並べて展示しておりますので、実際に赤い絵付けの違いを見比べて頂ければと思います。『17世紀の古伊万里-逸品再発見Ⅰ-展』は9月2日(土)までの開催です。皆様のご来館を心よりお待ち申し上げております。

(青砥)



※1 辰砂:硫化水銀からなる赤い鉱物の名称。やきものの辰砂においては硫化水銀は使われていないが、鉱物の赤色になぞらえてこのように呼ばれる。
※2 還元焼成:できるだけ酸素を与えないで焼く方法。窯の入り口を閉めて、空気を入れないようにする。燃えるためには酸素が必要なため、酸化した金属物質から酸素が奪われる。

【参考文献】
佐藤雅彦 『やきもの入門』 平凡社 1983
矢部良明・今井敦 『やきもの名鑑 [6] 中国の陶磁』 講談社 2000
中島誠之助 『古伊万里赤絵入門』 平凡社 2000
『古伊万里の見方 シリーズ3 装飾』 佐賀県立九州陶磁文化館 2006

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