学芸の小部屋

2017年8月号
「第5回:轆轤(ろくろ)成形と面取りの瓶」

 厳しい暑さが続いておりますが、皆様いかがお過ごしでしょうか。『17世紀の古伊万里-逸品再発見Ⅰ-展』の会期も残すところ1か月となりました。今回の学芸の小部屋も、その出展作品の中から2点をご紹介します。

 まず1点目が「色絵 椿花文 瓶」(柿右衛門様式 17世紀後半 高20.3㎝)(画像①)です。卵形の胴から細い頸を伸ばした優美な器形の鶴首瓶。頸部三方には花飾りのような可愛らしい瓔珞文、胴部は主文様となる岩の背後から生え出た椿と周囲を舞う一匹の蝶を繊細な筆致で描いています(画像②)。広い余白と文様配置のバランスが良く、柿右衛門様式特有の文様構成です。本作のような鶴首形の瓶は17世紀後半に西欧に多く輸出されました。他の輸出された伊万里焼同様、実用とされた他、装飾品としても飾られたものと思われます。白さが際立つ磁肌に、明るい色の絵付け、余白に舞う蝶など複数の要素が影響し非常に軽やかな印象の作品です。


2点目が「色絵 花卉文 瓢形瓶」(17世紀中期 高19.8㎝)(画像③)です。八面に面取りをした瓢簞形の瓶。頸部に七宝文と緑の点描、その下に花唐草文と紗綾形文、くびれ部分に雷文を挟み、胴部に芥子らしき草花文と交互に毘沙門亀甲文と菱文を描いています。17世紀中期には面取りをした瓢形瓶が一定数作られており、類似作品もしばしば見られます。大きさや形状からして、おそらく酒器として利用されたのでしょう。中国・明代末期の「祥瑞」と呼ばれる染付に、面取りした瓢形瓶を幾何学文で描き埋めたものや、幾何学文と白地の面を交互に配置する構図がみられ、そこから影響を受けたものと考えられます。区画にきっちり収められた文様とは対照的に略筆で伸びやかな草花文が大らかで、単なる中国の模倣ではないことが窺えます。


 両作品は大きさの近しい小ぶりな瓶です。しかし、両者には器面が円形か面取りか、胴部の膨らみが1つか2つかといったような器形の違いが見られます。今回は特に面取りの有無に注目していきます。通常、轆轤(ろくろ)で作られた瓶は「色絵 椿花文 瓶」のような丸い形になります。では、「色絵 花卉 瓢形瓶」の多面的な造形はどのように作られたのでしょうか。

 江戸時代、伊万里焼の生産の中心であった有田(佐賀県西松浦郡)では、皿や碗、鉢、瓶、壺など丸い形のうつわの成形には、基本的に「蹴轆轤(けろくろ)」と呼ばれる、足で蹴る轆轤が用いられていました。轆轤の上では、回転による遠心力で、粘土塊は外へ外へと広がります。したがって 、縦へ縦へと挽き上げていかなくてはならない瓶などは、横へ広げていく碗や鉢などと比べやや高い技術を必要とします。そして、轆轤成形では通常、底部から上方に挽き上げるにつれて、少しずつ器壁が薄くなるという特徴があります。 轆轤で成形された「色絵 椿花文 瓶」は、そのような成形上の特徴があるとはいえ、それでもなお口部が極めて薄い作りです。そのため、頸部の細さと相俟って、触れるのをためらうほど華奢ですが、そこが却って本作の美しさを引き立てているように思われます。

 一方、「色絵 花卉文 瓢形瓶」も最初は轆轤で成形されていると考えられます。しかし、轆轤で成形できるのは、丸い瓢簞形まで。それが生乾きのうちに、表面を板状の道具で叩いたり、手で押さえたりすることによって、器体を多角形へと形作ります。しかし、これではまだ造形が甘いため、乾燥後にカンナを使って削り、稜を際立たせ、面を平らに仕上げます。このように面取りには、削る工程があるため、轆轤成形の段階で少し厚手に作っておくことが必要です。その点が、丸い形の瓶とは異なります。すなわち、丸い瓶を作った中の幾つかを面取りに加工したのではなく、はじめから面取りの瓶を作る目的で作られています。
 なお、「色絵 花卉 瓢形瓶」の場合はその形状から上記のような作り方が想定されますが、その他にも面取りのうつわを作る方法はいくつかあります。例えば、乾燥前に叩き締めて面を作っただけで削らないものや逆に乾燥後に削っただけのもの、そもそも轆轤を使わずに型に粘土をはめて成形したものなどです。

 このように面取りを行うと、手数が増え、手間がかかります。面取りをせずとも、容器としての機能は十分です。では、なぜわざわざ手間をかけて、面取りするかと言えば、やはり装飾目的が一番大きいでしょう。面取りをすることで円形のうつわとはまた違った趣が生まれます。また、空間が区画されるため、絵付けも自然と面を生かした文様構成のものが多く見られます。本作も赤で地文を配した面と白地の面とを交互に配すことによって、面取りされた器形がより強調されているように見受けられます。

 「色絵 椿花文 瓶」と「色絵 花卉文 瓢形瓶」は、面取りの有無に起因して、まるで対局的な印象を与えているように思われます。つまり、「色絵 椿花文 瓶」は面が1つで、空間が途切れなく、絵付けも空間を生かして大胆な構図で描かれており、器形の丸さをそのままに柔らかな印象。それに対して、「色絵 花卉文 瓢形瓶」は面取りにより、肩や胴が目立ち、全体に稜が立つことによって、力感あふれる面持ちとなっています。
 余白を生かした「色絵 椿花文 瓶」も区画された面を生かした「色絵 花卉 瓢形瓶」も、両作品は器形と文様構成がそれぞれを引き立て合っています。江戸時代の人々も器形と文様の関係を十分に考慮して製作していたことが窺えます。

 今展期間中、「色絵 花卉 瓢形瓶」は第一展示室に、「色絵 椿花文 瓶」は第二展示室に展示しております。描かれる文様だけでなく、器形も装飾のひとつです。是非、器形とそこに描かれた文様の組み合わせにも注目して、ご覧頂ければ幸いです。

(青砥)


【主な参考文献】
東京芸術大学美術学部工芸科陶芸講座 『陶芸の基本』 美術出版社 1979
佐藤雅彦 『やきもの入門』 平凡社 1983
『古九谷』 出光美術館 2004
『古伊万里の見方 シリーズ2 成形』 佐賀県立九州陶磁文化館 2005
大橋康二 『日本磁器ヨーロッパ輸出350周年記念 パリに咲いた古伊万里の華』 日本経済新聞社 2009

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