学芸の小部屋

2018年3月号
「第12回:釉薬の技法」

 本格的な春の訪れも近いこの頃、皆様いかがお過ごしでしょうか。 当館で開催中の『古伊万里にみるうわぐすり展』の会期も残り僅かとなりました。釉薬(うわぐすり/ゆうやく)は、うつわの表面を覆うガラス質の膜のこと。うつわに耐久性や耐水性を付与し、衛生的に保つという機能面での効果と、色による装飾を与える役割を担っています。古伊万里に主に使用されている透明釉、青磁釉、瑠璃釉、銹釉の4色の釉薬に注目した今展では、1種類の釉薬を総掛けしたもののほか、複数の釉薬を掛け分けているものなど、多彩な作品を出展しております。

 バリエーション豊かに釉薬を使うものは、17 世紀中期から増えていきます。当時は伊万里焼にとって新技術が導入された革新期であり、すべての技術が向上すると同時に製品が多様化していきます。今回ご紹介する2点は、いずれも銹釉を主として、他の釉薬を併せて使用した作品。まさに17世紀中期の多様化の流れの中で生まれたものです。

 銹釉とは、茶褐色をあらわす釉薬のこと。釉中に5~10%の酸化第二鉄を呈色剤として含むことで、酸化鉄の色、すなわち赤錆の色が釉色にあらわれます。伊万里焼では草創期から使用されてきましたが、総掛けのものは17世紀中頃にぐっと増加します。 ちなみに、同じ呈色剤で発色する釉薬に青磁釉があります。これは釉中に鉄分を1~2%含み、かつ還元炎焼成(※1)で焼成することで青緑色を呈します。釉中の成分や焼成環境に発色が左右されやすいため、狙った色味に焼き上げるのが難しい釉薬です。



 さて、「銹釉 雲文 変形皿」は型打ち成形で十二角にした変形皿。薄作りで端正な器形に茶褐色の銹釉を全体に掛け、透明釉で雲のようなうねった線を大胆に描いています。文様部分は不透明で乳濁しており、さらに淡く黄味がかっているのが確認できます(画像①)。部分的に緑味を帯びているところや黒くなっているところも。透明釉はその名のとおり、透明な釉薬であり、本来であれば釉下の色を透かすはずですが、本作では、そうはなっていません。

 そもそも、釉薬は成分バランスが均一であると、焼き上がりが透明になります。乳濁したものや、マットな質感のものなど、透明度の低いものを作りたい場合には、釉内の成分バランスをあえて崩せばよいのです。実際に、釉薬の構成要素のひとつであるガラス成分が他の成分よりも多くなると、不透明度の高いものや乳濁したものなどができることがわかっています。このような性質を鑑みれば、本作に施された透明釉は、焼成時に先に施釉されていた銹釉の成分が混ざり、釉内のガラス成分が増えたことで、不透明かつ乳濁した焼き上がりとなったと考えることができそうです。

 さらに、透明釉は呈色剤を足すことで、色のついた釉薬となります。本作の透明釉部分が黄味がかった発色となっているのは、銹釉の呈色剤である鉄分が透明釉に僅かに溶け込んだためとみえます。加えて、部分的に緑がかっているところは(画像②)、いわば極めて淡い青磁釉に変化したといえるのではないでしょうか。冒頭で少し触れましたが、青磁釉の呈色剤も銹釉と同じ鉄分です。さらに、観察してみると、十二角形の各頂点から皿の中心に向かって付けられた筋の上に掛かっている透明釉は、筋にあわせて沈んだ発色となっています(画像③)。これは、筋部に溜まった銹釉が、他の部分よりも濃く透明釉に入り込むことで、変化が強くあらわれたためでしょう。
 ちなみに、本作と殆ど同じ器形で、同様に銹釉の上に透明釉で文様を描いた「銹釉 木目文 変形皿」にも共通した釉調がみられました。このような類例からも、銹釉に透明釉を重ね掛けした際の釉調の変化を装飾として活用していたと推察できます。



 銹釉と他の釉薬を併せて使用した別の作品をご紹介いたします。「青磁瑠璃銹釉 葡萄文 葉形皿」は型打ち成形で葡萄の葉形とした変 形皿で、全面に銹釉を、部分的に透明釉、青磁釉、瑠璃釉(※2)を丸く置いて葡萄の実をあらわしています。丁寧かつ洒落た作行です。

 ここでは、前述の「銹釉 雲文 変形皿」のような釉調の変化は見当たりません。このことから、本作は銹釉の上から他の釉薬を重ねて施しているのではなく、銹釉を部分的に掻き落としてから、他の釉薬を施しているとみえます。このような製作工程は、先のように釉薬の発色から予想できます。特に青磁釉は冒頭で述べたように、狙った発色をさせるのが難しい釉薬。「銹釉 雲文 変形皿」と同様に、銹釉の上から施せば、自身の釉中に含まれる鉄分が適切な量を超えてしまい、美しい青緑色をあらわすことはできなくなります。そのため、「青磁瑠璃銹釉 葡萄文 葉形皿」では、青磁釉や他の釉薬を綺麗に発色させるために、釉下に銹釉を残しておくわけにはいかなかったのでしょう。



 また、掛け分け部分の釉際を見ることでも推察できます。画像④は葡萄部分の拡大です。丸状の釉薬の周りに、少し沈んだ発色の線があらわれています。これは、銹釉の成分が他の釉薬の外周部に干渉していることを意味します。つまり、透明釉など他の釉薬は銹釉の上には無く、それと同じ層、素焼きした磁胎の上に施されていると考えられるのです。

 以上のように、「銹釉 雲文 変形皿」は銹釉の上から透明釉を、「青磁瑠璃銹釉 葡萄文 葉形皿」は銹釉を掻き落とした磁胎部分に他の釉薬を施しています。銹釉を主体としたものでも、様々な施釉方法があり、見せたい効果によって技法を使い分けていたようです。


 釉薬は、成分の微細な違いや、焼成状況、素地の中の成分など、様々な要因に影響されるため、同じ釉薬でも発色や質感が異なったものが出来上がります。今展では釉薬によってあらわされる、多彩で変化に富んだ色による装飾をお楽しみいただけたらと思います。  
(小西)


※1 還元炎焼成・・・還元炎焼成とは窯内の酸素が少ない状態で焼成すること。伊万里焼では基本的に還元炎焼成を採用している。
※2 瑠璃釉・・・酸化コバルトを呈色剤とした釉薬。詳しくは『学芸の小部屋2018年2月号 「第11回:瑠璃釉」』を参照。

【参考文献】
手島敦『陶磁郎Books やきものをつくる釉薬がわかる本』双葉社 1999
『角川 日本陶磁大辞典』角川書店 2002

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