学芸の小部屋

2018年4月号
「第1回:古赤絵」

 すっかり暖かくなりましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか。
 さて、戸栗美術館では4月4日(水)から『金襴手―人々を虜にした伊万里焼―展』を開催いたします。江戸時代、実用のうつわであった伊万里焼は、明治時代になると鑑賞に適うものとして、評価されていきます。真っ先にその対象となったのが、華やかな古伊万里金襴手です。今展では江戸・明治・大正時代を生きた人々が、どのように古伊万里金襴手を愛好してきたのかに注目いたします。いつの時代も、人々を虜にしてきた絢爛豪華な古伊万里金襴手。初出展作品もございますので、是非お越しくださいませ。

 そして、2018年度の学芸の小部屋も、趣向を凝らしております。今年度は取り上げる作品を階段ケースにて展示。当館の主な収蔵品である伊万里焼や鍋島焼はもちろん、中国や朝鮮の陶磁器、近代作家の作品など様々なやきものをご紹介する予定です。毎月一日、学芸の小部屋の更新に併せて紹介作品の展示替えを行いますので、どうぞお楽しみに。

 さて、第1回目となる4月号は「五彩 鶴鹿文 壺」をご紹介いたします。



 五彩とは、上絵付けされた陶磁器の中国での呼び方。上絵付けの技法は、中国・金時代に華北の磁州窯系の窯で始まりました。これらは、陶器質のボディに白泥を塗り、透明釉を掛けて焼成したのちに絵付けを施したもの。赤を主体とした自由で素朴な絵付けのやきものでした(※1)。
 その流れを引き継いだのが、江西省・景徳鎮窯です。先の磁州窯系のものと同様に、赤を主体とした五彩磁器が元時代に登場します。ただし、当初は生産量があまり多くなく、本格的に作られるようになるのは明時代から。16世紀には、官窯・民窯ともに五彩磁器を盛んに焼造するようになります。
 特に、明時代・万暦年間(1573~1620)以前に景徳鎮民窯で作られたと考えられる古式の五彩磁器を、日本では「古赤絵」と呼んでいます。これらは、中国国内のみならず、東南アジアや中近東、日本などに輸出され、珍重されました。赤を主体とした、自由で伸びやかな描線の文様が魅力の作品群です。

 今回ご紹介する「五彩 鶴鹿文 壺」は頸部が少し立ち上がった古赤絵の小壺。文様帯は大きく4つに分けられ、頸部には渦文、肩部は網掛けの地文様の四方に窓を設け、窓内に虫文、窓外に花文を、胴部は鶴鹿文、裾部には蓮弁文をそれぞれ描いています。
これまでの五彩を彷彿させる赤を主体とした絵付けでありながら、緑や黄、セルリアンブルー(※2)を効果的に使用し、全体に明るい印象です。

 見所は、なんといっても主文様である鶴と鹿。それぞれ輪郭線が早い筆致で伸びやか、かつ調子よくあらわされており、躍動的です。また、壺という文様が横にスクロールする器形と相俟って、まるで動物たちが散歩をしているかのよう。各々の優しげな表情も手伝って、穏やかな情景を感じさせます。
 ちなみに、鶴は、中国・前漢時代(紀元前206年~後8年)の道家論集である『淮南子(えなんじ/※3)』に「鶴寿千歳」とあり、亀とともに長寿の象徴としてあらわされる瑞禽です。また、鹿も中国・晋時代(265年~420年)の『抱朴子(ほうぼくし/※4)』のなかに「鹿寿千歳」とあり、同じく長寿をあらわします。単体では古くから吉祥文様として描かれる鶴と鹿ですが、本作のように一緒にあらわされているのは、明時代・嘉靖年間(1522~1566)頃に吉祥文様のバリエーションが豊富になることに起因するでしょう。これは、嘉靖帝が道教を重んじたことから、八仙などの仙人図や仙人の持物を文様化したものなどが増え、くわえて従来の吉祥文様と組み合わせて描かれるようになったためと考えられます。思えば、鶴も鹿も、瑞獣であると同時に、仙人が乗る仙獣でもあります。本作も長寿の吉祥をあらわしたというよりは、道教的な思想から選択されたモチーフなのかもしれません。

 華やかな色合いの中にのどかな風情を内包した本作。手のひらに収まる小さな作品ですが、心行くまでご鑑賞いただけましたら幸いです。

(小西)


※1 日本では「宋赤絵」と呼ばれている。しかし、実際に焼造された時期と呼称に齟齬が生じるため、本稿ではあえてこれを採用しない。
※2 セルリアンブルー・・・緑がかった鮮やかな青色。ラテン語で空色の意。
※3『淮南子』・・・中国・前漢(紀元前206年~後8年)、高祖の孫である淮南王の劉安 (りゅうあん/紀元前179?~前122) が編集させた道家論集。老荘思想を中心に儒家、法家思想などを取り入れつつ、治乱興亡や古代中国人の宇宙観を記す。当時の思想を考察する上で有用な資料。
※4『抱朴子』・・・中国・晋(265年~420年)の道士、葛洪(かっこう)の著書。106編といわれるが、現存しているのは内編20編、外編50編、自叙2編。317年完成。儒道二教を併用しており、本書内編は道教思想に基づく実践理論を、外編は儒教の観点で政治や文明を評する。当時の世相が窺える好資料である。

【参考文献】
矢島律子『中国の陶磁9 明の五彩』平凡社 1996
出川哲朗・中ノ堂一信・弓場紀知『アジア陶芸史』昭和堂 2001
伊藤郁太郎『別冊太陽 中国やきもの入門』平凡社 2009
著・野崎誠近 監修・宮崎法子『吉祥図案解題―支那風俗の一研究―』ゆまに書房 2009
『あつめて楽しい中国陶磁』石洞美術館 2017

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