学芸の小部屋

2018年12月号
「第9回:色絵 紅葉文 八角皿」
(作品公開期間:2018年12月1日~12月22日)

 寒さも本格的になってきましたが、皆さまいかがお過ごしでしょうか。

 『鍋島と古九谷-意匠の系譜-展』も残り20日程となりました。古九谷様式をはじめとした17世紀中期の伊万里焼と鍋島焼の意匠の繋がりに注目した今展。第二展示室では、構図ごとに伊万里焼と鍋島焼を展示しており、その共通性をご覧いただけます。伊万里焼から鍋島焼へ受け継がれた構図の中には、見込中央を白く抜くものや、画面を水平に区切るものなど、鍋島焼がさらに独自に発展させ、得意としたパターンも。同じ構図の中にも、それぞれのやきものの創意工夫を見つけることができます。

 このように17世紀中期の伊万里焼の意匠が鍋島焼へと受け継がれた一方で、17世紀後半の伊万里焼では西欧への磁器輸出に力を入れる中で柿右衛門様式が成立。今回の学芸の小部屋では、柿右衛門様式の中から「色絵 紅葉文 八角皿」をご紹介いたします。



 柿右衛門様式というと、濁手(にごしで)と呼ばれる純白の素地に赤を多用した上絵付けのみで左右非対称の絵画的な構図をあらわしたものが典型作として知られています(例1)。しかし、その他に本作のように染付と色絵を併用したタイプの作品も認められます。ゆるやかな八角形の皿の中に余白を残しつつ、左右非対称に紅葉を散らした構図は、如何にも柿右衛門様式らしいと言えるでしょう。やや高めにつくった高台内に記された「金」銘も下南川原山地区に所在する柿右衛門窯跡の出土品に見られます。

 今まさに散りゆく紅葉を鑑賞者が見ているような精彩な情景が描き出されている本作。染付で描かれた葉のひとつひとつには巧みにグラデーションが施され、17世紀後半の高い染付技術がみられます。その他に、上絵の赤のみの葉や赤で輪郭線をとった中を上絵の緑と黄でそれぞれ塗ったもの、染付の上に緑と黄色を重ねたものとで、六種もの葉を散らし、秋めいた様子としています。ひとつのモチーフに対してこれだけバリエーションに富んだ賦彩が施された例は同時代でもなかなか見当たりません。この一様ではない彩りに、より自然に近い紅葉の姿が描き出されています。
 また、色彩と併せて、文様構成も本作の魅力を高めています。宙にある紅葉だけを切り取って描くことで、その他の多くの柿右衛門様式の作品とは異なる深い情感が感じられます。典型作をはじめ柿右衛門様式の多くはしっかりと地面から文様を描くか、またははっきりと描かずとも地面の存在を感じさせる天地の決まった画面構成によって、うつわの中にひとつの空間を完成させているものがほとんど。対して、本作には天地の指定は見当たらず、描かれているのは紅葉のみ。その紅葉の描写も正面からだけでなく、翻った姿を描くなど、工夫が凝らされています。こうして、柿右衛門様式の作品でありながら、絵画的な構成をとらないことで、空間の終わりが明示されず、紅葉の舞う空間が皿の外にも続いているようにも感じられます。立ち上がった口縁に沿って折れるように描かれた紅葉の存在もまた、より一層うつわの外への空間の広がりを暗示しているかのようです。
 この豊かな紅葉の賦彩と独特の文様構成によって、小さなうつわの中に秋が詰め込まれています。

 このように、染付と色絵が調和し、ひとつの景色を織りなしている本作ですが、実は、色絵部分のない染付のみの作品も伝世しています。色絵のみで描かれた紅葉五枚が少なくなりますが、染付部分の絵付けや裏面の銘に至るまで全く同じ。青一色となることで、全体に静けさが増しますが、それがかえって落ち着きをもたらし、染付のままでも十分に完成された作品に仕上がっています。
 通常、染付と色絵を併用する柿右衛門様式の作品の場合、後から上絵付けによって描き足されることを想定した、一部を間引いた絵が染付で描かれるため、染付だけでは、どこか不完全な仕上がりとなるはずです(例2/右方の岩や梅樹の幹が染付による青色、他は上絵付けによる賦彩)。そのため、染付のみでも成立する本作は、はじめから染付と色絵を併用することを目的に作られたのではなく、一度染付として完成されたものに対して、そのバランスを崩すことなく、更に上絵付けを施した作品と見えます。

 染付が作品の主体であるため、赤をはじめとした色絵はアクセントとなり、深まりゆく秋の趣が生まれています。また、紅葉を器面に散らす文様構成も、17世紀後半では柿右衛門様式のような色絵作品に比べて、染付作品に多く見られるものです。こうして、染付作品として完成されたところに色絵を描き加えたことにより、染付の構成と色絵の彩りを合わせ持つことで、このはらはらと散りゆく紅葉の精彩さを湛えた作品が完成しました。

 ところで、紅葉を愛でる歴史は古く、平安時代より貴族を中心に行われていました。江戸時代には庶民にも広がり、多くの人々がその赤く染まった姿を楽しみ、新たな紅葉の名所もガイドブックの刊行も相俟って、一際賑わいをみせました。器形、文様ともに端正な本作からは、江戸時代の人々の紅葉を愛好する気持ちまで伝わってきそうです。白いうつわの中に、紅葉の彩りが映える「色絵 紅葉文 八角皿」は、12月22日(土)まで展示中です。季節も冬へと移り変わっていますが、戸栗美術館で遅い紅葉狩りを楽しまれてはいかがでしょうか。

 
(青砥)


【参考文献】
中島由美 『古伊万里との対話』 淡交社 1996
佐賀県立九州陶磁文化館 『柿右衛門-その様式の全容-』 1999
佐賀県立九州陶磁文化館 『柴田コレクション総目録』 2003

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