学芸の小部屋

2020年7月号
「第4回:西王母と呼ばれた皿」

 先月の学芸の小部屋では、明治から昭和にかけての売立目録(個人や名家の所蔵品などを決まった期日中に売る売立会のために、事前に配布される冊子目録)に記載された伊万里焼の作品名から作品鑑賞を試みました。今月号は鍋島焼の作品名に注目し、作品の魅力を紐解いていきます。

 鍋島焼とは、江戸時代に将軍献上を目的として焼造されたやきもの。伊万里焼の産地である有田から腕の良い職人を引き抜き、採算度外視にて作られた端正できっちりとした作風が特徴のうつわです。江戸時代には大川内焼などと呼ばれ、将軍や幕閣、藩からの贈答などで使用されたため、一般に流通することはありませんでした。明治以降に幕藩体制が崩れ、華族の手から市場に出された肥前磁器の魅力をいち早くキャッチした外国人や財閥系コレクターたちによって、美術品として見出されていきました。
 特に大正時代初頭に絵画的な陶磁器鑑賞方法が提唱され、色絵の肥前磁器はその賞翫の対象となります。鍋島焼も、「古九谷」や「柿右衛門」と同じく鑑賞陶磁としてブランドが確立し、一ジャンルを築きました。これを牽引した「彩壺会(さいこかい)」の大河内正敏(1878~1952)等によって編集された『柿右衛門と色鍋島』(1929)には、「色鍋島の優秀なる点」と題して鍋島焼の魅力が熱く語られています。その冒頭部分では、「色鍋島が毅然として犯すべからざる味と気分とを現はしているのは何故であるかと云ふと、是は実に図案の優秀なる点と、色の調和(ハーモニー)に於て、描線の巧妙熟練、実に他の及ぶべからざる妙味がある為である」 といい、現代の我々が鍋島焼の特徴として語る所である、色絵の鍋島焼がもつ高潔な印象について、図案のオリジナリティーと色彩の調和、絵付けの描線の妙など多角的に評価している様子が窺えます。


 鍋島焼の主文様は植物文様や吉祥文などわかりやすいものが多いためか、売立目録に登場する作品名も主文様を冠したものが多い印象です。そのなかで松風閣蔵品展観図録掲載の青磁色絵「鍋島青磁西王母皿」は、一歩踏み込んだ作品名といえるでしょう。

 西王母(せいおうぼ)とは、崑崙山(こんろんざん)に住み三千年に1度実をつける蟠桃(ばんとう)を管理する不老不死を司る女仙。長寿の桃の伝説から、江戸時代の絵画などでは、容姿端麗な女仙と桃(あるいは桃を持つ侍女)とが共に描かれる例が見られます。また、桃も長寿の吉祥果として多子の象徴である柘榴や多福を司る仏手柑などと共に、やきものの文様にあらわされました。
 「鍋島青磁西王母皿」と同形同文様である当館所蔵の「青磁染付 桃宝尽文 皿」(上画像)で文様を確認すると、主文様は、手前の膳に宝尽し、奥の膳に桃の実と花をあらわした四方形の膳2客であり、そこに人物表現はありません。背景手前は染付技法の一種である墨弾きの白抜きで青海波が描かれ、奥は青磁釉の青緑が掛け分けであらわされています。
 桃+宝尽し=西王母の留守文様(人物を描かずにモチーフのみで主題を表現した文様)や桃文=西王母の作品名の例は同時代の売立目録には見当たりませんでした。さらに松風閣蔵品展観図録の他の鍋島焼や伊万里焼は、主文様や器形を表記したシンプルな作品名であり、「鍋島青磁西王母皿」のイレギュラーさが目立ちます。

 売立目録掲載の作品名の由来が判然としないことは前号でも述べたとおりですが、作品をより読み解くために売立元にも目を向けてみましょう。目録タイトルに「松風閣蔵品」とあるので、横浜の実業家で茶人や古美術コレクターでもある原富太郎(1868~1939/号 三渓)のコレクションと知れます。原は国宝『孔雀明王像』(平安時代後期(12世紀)、絹本着色・一幅 147.9×98.9cm 東京国立博物館蔵)や重要文化財の伝毛益『萱草遊狗図・蜀葵遊猫図』(中国・南宋時代(12世紀)、絹本着色・各一幅25.3×25.7㎝(萱草遊狗図)、25.3×25.8cm(蜀葵遊猫図) 大和文華館蔵)などに代表される古書画や茶道具の蒐集で著名であり、同時に近代画家のパトロンを務めたり、自身も書画や漢詩を嗜んだりと、高い美的感性を持った人物です。優れた感覚を持った原の旧蔵品であるので、もしかしたら「鍋島青磁西王母皿」は原が鑑賞によってモチーフの先を想像して独自に付けた名前なのかもしれません。

 ちなみに、筆者が名前から踏み込んで作品鑑賞した場合、長寿の桃と宝尽しのめでたいモチーフとが膳に載っている様から、西王母の聖誕祭である蟠桃会を思い浮かべます。また、西王母の誕生日は陰暦3月3日。もしかしたら、桃の節句にちなんだ慶祝の文様なのかもしれません。なお、鍋島焼が実用品であった江戸時代には年中行事が盛んに行なわれていたため、原旧蔵の「鍋島青磁西王母皿」や、その類品の「青磁染付 桃宝尽文 皿」も、ハレの日を彩るうつわであったと考えられそうです。

 2号に渡って売立目録掲載の作品名から鑑賞を試みてきましたが、作品名から様々な想像を膨らませていくのは、まさに絵画を見る際に用いる鑑賞方法のひとつ。そして「名付ける」ことも感性を総動員し、鑑賞によって得た魅力をあらわす手法といえましょう。作品名は個を独立させ管理するための記号の場合もありますが、時に鑑賞を双方向に助ける材料にもなるのです。

(小西)



【参考文献】
彩壺会編『柿右衛門と色鍋島』現代之科学社1929
田中日佐夫『美術品移動史―近代日本のコレクターたち―』日本経済新聞 1981
佐々木健一『美学事典』東京大学出版会1995
王秀文「桃をめぐる蓬莱山・崑崙山・桃源郷の比較民俗学的研究」(『日本研究 : 国際日本文化研究センター紀要』国際日本文化研究センター2000)
三上美和「日本近代美術の蒐集家--原三溪の美術蒐集記録「美術品買入覚」に見る近代美術コレクションについて」(『学習院大学人文科学論集 12』pp. 1-39, 学習院大学 2003)
三上美和「原三溪の美術蒐集記録「美術品買入覚」に見る古美術蒐集品の変遷とその背景」(『哲学会誌 28』pp. 23-46, 学習院大学 2004)
九州産業大学柿右衛門様式陶芸研究センター編『柿右衛門様式研究―肥前磁器 売立目録と出土資料―』九州産業大学21世紀COEプログラム柿右衛門様式陶芸研究センター売立目録研究委員会2008
著 野崎誠近 監修・解説 宮崎法子『吉祥図案解題―支那風俗の一研究―』ゆまに書房2009
佐藤晃子『画題で読み解く日本の絵画』山川出版社2014
横浜美術館 監修『原三渓の美術 伝説の大コレクション』求龍堂2019
古川攝一「研究ノート 原三渓と仏教絵画」(『季刊 美のたよりNo. 210 2020春』大和文華館2020)

※本文中の売立目録データは、九州産業大学柿右衛門様式陶芸研究センター編『柿右衛門様式研究―肥前磁器 売立目録と出土資料―』九州産業大学21世紀COEプログラム柿右衛門様式陶芸研究センター売立目録研究委員会2008を参照。

※本文中の絵画作品の情報は横浜美術館 監修『原三渓の美術 伝説の大コレクション』を参照。

※引用文は旧字体を新字体に改めた。

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