学芸の小部屋

2020年10月号
「第7回:銹釉色絵 鳥文 輪花皿」

 爽やかな秋風が吹き抜ける今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか。

 さて、当館では12月20日まで引き続き、『戸栗美術館名品展Ⅰ―伊万里・鍋島―』を開催中。色鍋島の尺皿や、古伊万里金襴手様式の代表作である「色絵 荒磯文 鉢」、「色絵 赤玉雲龍文 鉢」といった型物など、所蔵作品から選りすぐりを出展しております。



 今回の学芸の小部屋は、開催中の展覧会から「銹釉色絵 鳥文 輪花皿」を取り上げます。本作は開館当初からのコレクションで、幾度も展覧会や図録でご紹介してきた優品のひとつ。濃い目の銹釉の色合いから重厚感が漂いますが、実際は非常に薄造りで手取りも軽く、口縁部三方にわずかなくぼみを入れて輪花皿とした繊細な造形です。高い高台を伴うのも、上手の伊万里焼と共通してみられる特徴。主題として、見込には色鮮やかな一羽の鳥があらわされています。染付の青や上絵の赤、黄、緑の発色が鮮やかで、焼き上がりも上々です。

 本作は造形や色合いの点からみて優品と言うに相応しい作例でありますが、それに加えて、用いられている装飾技法の組み合わせの点から、珍品としての側面も備えています。すなわち、銹釉掛け分けと染付、色絵という三種の装飾技法の組み合わせです。それぞれ伊万里焼の基本的な装飾技法であり、銹釉掛け分けと染付、あるいは染付と色絵の組み合わせはしばしば見られますが、銹釉を地とする三種を全て用いた作例というのは中々お目にかかれません。

 さらに、実はもっと珍しいことが。鳥の絵付けをよく観察すると、じっと前方を見据える鋭い眼差しの描写や、繊細に描き込んだ羽や体毛が印象的ですが、それに対して、少々不思議な部分が見つかります。例えば、鳥の足先が銹釉で欠けてしまっていたり、鳥とそれが止まっている樹木の境界が曖昧であったり。どうやら、染付で描かれている図様を、銹釉で覆い隠してしまっているようなのです。

 本作で用いられている装飾技法三種は、製作工程の上では①染付、②銹釉掛け分け、③色絵の順に施されています。元々の図様を探るため、それぞれの工程であらわれるものを抜き出してみると次のようになります。



 ①染付が済んだ段階を見ると、完成品では銹釉や上絵に隠れてしまっている部分にも図様があらわされていた可能性は高そうです。画作のための理論や構図を初心者向けにまとめた『画筌』(林守篤/1712年序)の「禽鳥」の項を参照するに、頭頂の羽冠と、尾の先の玉の描写から、本作の鳥は山鵲(さんじゃく)でしょう(註)。江戸時代中期の百科事典とも言うべき『和漢三才図会』(寺島良安/1712年序)によれば、山鵲は山林に生息する鵲に似た鳥で、二本の長尾に加えて、数本の短尾を持つのが特徴です(下図)。本作では、短尾は銹釉の下に隠れてしまったのでしょう。山鵲が止まる樹木と思われるものも、染付による図様の続きがありそうです。




 何故本来の染付の図様を隠すかのように銹釉を載せたのかを考えるに、①染付段階で描き損じなどが生じて銹釉で覆った、あるいは②銹釉掛け分けの段階で掛け損じたなどの事情があったのでしょう。しかし、最終的には③上絵を施すことで、ひとつの作品として仕上げています。  ところで、この③上絵を見ていくと、頭部や羽部に上絵の黒で細かく体毛をあらわしたり、見えにくいですが長尾と、胸部から腹部にかけて上絵の赤で毛並みを描き込んだりと、非常に丁寧な描写であることがうかがえます。伊万里焼では主題の文様化が進み、線を単純化して表現する場合も多いのですが、本作は絵画調の描き様であると言えるでしょう。



 同時代の伊万里焼色絵の絵画調の作品の中には、中国から渡来した画譜類、とくに『八種画譜』からの図様の引用が指摘されているものがあります。たしかに、『八種画譜』のうち『木本花鳥譜』には尾の長い鳥をあらわす例がしばしば見られますが(下図)、尾や下腹の線描も本作の方がより細かく表現されており、またこれらの画譜の場合、色は示されていません。



 そのほか中国画譜として『図絵宗彙』(1607)や『十竹斎書画譜』(1633頃)、『芥子園画伝』(1679)なども参照しましたが、残念ながらはっきりと影響関係の認められる図案は見つかりませんでした。  そこで、日本で刊行された絵手本の類を参照しつつ、本作に描かれた山鵲の現状を観察してみました。中でも、先にご紹介した『画筌』や、『画図百花鳥』(山下石仲子守範/1728年序)と対比すると、下表のようになります。



 伊万里焼では白い絵具が登場するのは幕末まで待たねばなりませんので、胡粉部分を白地や上絵の赤で代用していたり、足を上絵の赤ではなく染付の青としていたりという違いはあります。しかし、胸部から腹部、頭部などに体毛を朱(上絵の赤)や墨(上絵の黒)で細かく描き入れたり、風切の縁を白くあらわしたりなど、全体の描き様や色遣いなど類似性が多く認められます。

 『画筌』の編者、林守篤は狩野派の絵画を学んだ九州の画家であり、『画図百花鳥』の編纂者である山下石仲子守範は狩野探幽の次子・狩野探雪の門人です。つまり、いずれも狩野派の画風や描法を伝えるものとして刊行された画譜や挿絵本。本作の製作はこれらの図譜の刊行以前とみられますが、狩野派の画風の影響を受けていないとは言えません。狩野派の粉本または絵手本の入手が叶い、それを写したのか、あるいは注文主から手本として渡されたのか。今となっては中々断定が難しいテーマでありますが、本作は日本絵画からの影響も想定し得ると言えそうです。

 何故銹釉で本来の染付図様を違えたのか。この図様はどこから来たのか。謎が謎を呼ぶ本作は、絵付けの色の美しさや繊細さも相俟って、不思議といつまでも見飽きない優品です。

(黒沢)



【註】
・『画筌』については、早稲田大学図書館の古典籍総合データベースを参照した(最終閲覧日2020年9月22日)
早稲田大学図書館古典籍総合データベース内『画筌』第三巻
https://archive.wul.waseda.ac.jp/kosho/bunko06/bunko06_01296/bunko06_01296_0003/bunko06_01296_0003.html
【参考文献】
・鈴木道男編『江戸鳥類大図鑑 よみがえる江戸鳥学の精華「観文禽譜」』平凡社2006
・小林宏光『近世画譜と中国絵画―十八世紀の日中美術交流発展史―』上智大学出版2018
・国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/
・早稲田大学図書館古典籍データベース
https://www.wul.waseda.ac.jp/kotenseki/index.html


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