学芸の小部屋

2021年3月号
「第12回:染付 蛸唐草文 手焙」

 ゆっくりと春の兆しがみえる一方で寒さもひと際感じるこの頃。まだまだ暖房は手放せそうにありません。江戸時代の人々はどのように冬を乗り越えていたのでしょうか。

 現代では電気やガス等による暖房システムで、寒い冬でも快適に過ごすことが出来ますが、江戸時代は基本的に直接「火」に当たることで寒さを凌いでいました。代表的なものに囲炉裏や火鉢、火桶、手焙(手炉)等が挙げられるほか、これらに覆いをつけた炬燵も重宝しました。



 現在出展中の「染付 蛸唐草文 手焙」も暖房器具の一種、手を暖めるための小型の火鉢です。火鉢は、基本的に上部の開いた器形で、そこに三足をつけたり木製の台とともに使用したり、畳を焦がさないような工夫が見られます。中に灰と炭を入れて火を起こし、暖を取るほか湯沸かしなどの調理に活用することも。土器製や陶磁器製、金属製など、様々な素材や形状のものが見られますが、特に木製で箱形の角火鉢の一種である長火鉢は商家の居間や茶の間に、陶器や土器製のものは庶民の間で使用されていたようです。
 江戸時代には、趣向を凝らした手焙の優品が多く作られました。
その形状は限定されておらず、口径の小さいものや動物の形をしたもの等様々ですが、よく見られるのはドーム形で胴部に窓をもつタイプ。窓の反対側に通気口が設けられたものが多く、土器や陶磁器など様々な素材で作られています。

 本作は球形の胴部に把手がついた手焙で、丸いフォルムと炭を出し入れするため開けられた木瓜形の窓が愛らしい作品です。轆轤(ろくろ)で全体を挽いた後、上部に葉形の通気口を切り抜き、別に作っておいた蓋部分を圧着させたようです。内部からは蓋をはめ込んだ際の痕がみられます。少し裾の広がった高台は厚く高めに作られており、接地面から畳に熱が伝わらないための工夫が窺えます。把手が付いているため持ち運びにも便利そうです。
 うつわ全体に描かれた蛸唐草文や蓋の部分の菊唐草文、裾部の蓮弁文や高台の○×文等、細部まで繊細な筆致で絵付けされた丁寧な作行きに加え、内部はあまり汚れていないことから、普段使いというよりは、来客等の特別な席で使用したのでしょう。伊万里焼の手焙はドーム形のものや如意頭形の胴部に把手がついたもの等がありますが、本作の類品は見当たらず、何か特別な注文品であったのかもしれません。

 手焙の役割は現代で言うところのヒーターに近いのでしょう。指先からじんわりと体が温まると心もなんとなく落ち着いていく、そんな江戸時代の日常の小さな幸せを垣間見るようです。

(小西)



【参考文献】
小泉和子『家具と室内意匠の文化史』法政大学出版局 1979
『よみがえる江戸の華—くらしのなかのやきもの—』佐賀県立九州陶磁文化館・編集発行 1994
江戸考古学研究会 編『図説 江戸考古学研究事典』柏書房 2001
『角川 日本陶磁大辞典』角川書店 2002
『古伊万里の見方 シリーズ5 形と用途』佐賀県立九州陶磁文化館 編集発行 2008


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