学芸の小部屋

2021年11月号
「第8回:染付 漢詩文 水指」

 今月も『古伊万里の御道具―茶・華・香―展』にちなみ、古伊万里の道具から「染付 漢詩文 水指」をご紹介します。



 胴下部はヘラで鎬文をあらわし、少し窄めた胴上部には五言絶句の漢詩を1句ずつバランス良く書いた水指。17世紀前期に作られた初期伊万里の作例で、器形の歪みや釉流れなどの素朴な表情が見られます。

 もう少し漢詩に注目してみていくと、「江濱梅王適」の文字が確認でき、唐代(武則天期690~705年)の政治家・詩人である王適(おうてき)の詩「江濱梅」があらわされているようです。
 古詩を愛好・学習するのは中国においては恒常的に行われており、特に明末には詩を理解するための絵入の版本が庶民の間で流行します。伊万里焼の文様に影響を与えたとして度々指摘される『八種画譜』もそのひとつ。万暦年間(1573~1619)後期から天啓年間(1621~27)に出版されたそれぞれ独立した八種類の画譜のことで、そのうち『五言唐詩画譜』『七言唐詩画譜』『六言唐詩画譜』には唐詩と、それらを可視化した明快な挿図が収録されています。

 王適「江濱梅」は『五言唐詩画譜』に収録されています。本作に書かれた漢詩部分と、東京藝術大学附属図書館所蔵の『五言唐詩画譜』(寛永12年の和刻本)を比較すると、多少の書き損じや『五言唐詩画譜』に確認できる七宝の印は見当たらないなどの細かな違いはあるものの、題と作者の配置や揮毫者の表記が類似しています。『八種画譜』が伊万里焼に与えた影響を語る際、挿図がしばしば注目されてきましたが、本作は詩文が文様の図案として採用されている例と言えるでしょう。



 ところで、『八種画譜』は日本舶来後に覆刻されると次々と版を重ね、江戸時代を通して広く活用されましたが、本作については明本のからの取材である可能性を指摘します。日本に『八種画譜』が舶来した際の詳細は不明で、初翻刻とされる寛永7年(1630)の版も現存せず、寛文12年(1672)に京都の唐本屋清兵衛他によるものが確実とされています。寛文12年本は複数現存しており、そのうち『和刻本書画集成 第6輯』所載の影印本と東京藝術大学附属図書館所蔵本の「江濱梅」の詩頁には七宝の印が確認できます。ところが、明本を収録した鄭振鐸編『中國古代版畫叢刊 二編』所載の万曆本には七宝の印は見当たりませんでした。水指の文様にする際に省略したのかもしれませんが、17世紀前期という製作年代からみても、舶来した明本を手本にした可能性が高いと推察します。あるいは当時漢籍は貴重であったため、明本の書き写しを参照したのでしょう。加えて、「染付 漢詩文 水指」は類例が少なく、胴部の造形に加えて蓋の鈕の細工も凝った造りであることなども加味すれば、本作は舶来品を手にすることができる身分の人物による特注品であったのかもしれません。

 それにしても、詩の漢字は筆の運びが感じられる程に丹念に書き写しているかと思いきや、書き損じてつぶれている文字があったり、揮毫者の落款が微妙に間違っていたり、印章が省略されていたりと、多少の粗さも見られるのが面白いところ。ちょっとした部分で気が抜けるのが初期伊万里の素朴な味わいと相俟って、程よい和やかさを感じます。

(小西)


謝辞:本稿執筆にあたり、東京藝術大学附属図書館より画像をお借りしました。記して御礼申し上げます。

【参考文献】
・鶴田武良「日本画論年表」(『文化』33号 pp.87~124)東北大学文学会1969
・西川寧 長澤規矩也 編『和刻本書画集成 第6輯』汲古書院 1978
・大庭脩『江戸時代における中国文化受容の研究』同朋舎1984
・町田市立国際版画美術館 編集発行『開館三周年記念 近世日本絵画と画譜・絵手本展
<Ⅱ>―名画を生んだ版画―』1990
・鄭振鐸編『中國古代版畫叢刊 二編』上海古籍出版社 1994
・荒川正明「肥前磁器と『八種画譜』―古九谷様式における人物意匠の背景―」(『出光美術館研究紀要』pp.161-189)出光美術館1999
・『古染付と祥瑞―日本人の愛した<青>の茶陶―』出光美術館 2013
・『山武能一コレクション 初期伊万里展』石洞美術館 2014
・『古染付-このくにのひとのあこがれ かのくにのひとのねがい』石洞美術館 2017
・小林宏光『中国版画史論』勉誠出版2017
・善田のぶ代『古染付と祥瑞 その受容の様相』淡交社 2020

デジタル資料
・黄鳳池 編『八種画譜』東京藝術大学附属図書館所蔵版(2021年10月23日最終閲覧)
(https://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100266458/viewer/2)
・小西麻美「学芸の小部屋 2021年9月号 第6回:色絵 人物船遊文 皿の文様」
(http://www.toguri-museum.or.jp/gakugei/back/2021_09.php)


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